恋はひと匙の魔法から
『上手くいってるみたいで良かったね。その調子だと、あっという間に結婚までいっちゃうんじゃない?』
「うーん、結婚は、ないんじゃないかなぁ……」
「なんで?」
「だって――」

 西岡と付き合うことができたのは、料理というきっかけで彼の関心を引けただけにすぎないのだ。想いを計る天秤があったのなら、きっと秤は透子の方に大きく傾くだろう。
 それに、透子はともかく、西岡はよりどりみどりだ。結婚相手に、料理の才以外平凡でしかない透子をわざわざ選ぶとはとても思えなかった。
 そう話すと、スマートフォンの向こうで、いかにも納得できませんというような嘆息が聞こえてくる。

『透子はもうちょっと自分に自信を持ってもいいと思うけど。今まで恋愛が上手くいかなかったのだって、壊滅的に男運がなかったからでしょ」
「そうかなぁ……」

 自分には全く難がなかったと、そう胸を張って言えるほどの自信は透子の中になかった。
 いつまでも煮え切らない透子の態度を聞きかねたのか、夕貴はやけに明るい声を出して『そういえば』と話題を転換した。

『結婚式、西岡さんも呼ぶんだよね』
「そうなの?あ、雅人さんの方?」

 夕貴の婚約者の雅人は、西岡の前職――大手広告代理店の営業マン時代の後輩だ。後輩で一番仲が良かったと西岡も言っていたし、結婚式に招待するのも何ら不思議ではない。

『そうそう。私、写真でしか見たことないから楽しみなんだよねー。席は透子の隣にしとく?』
「なんでよ」

 夕貴の冗談に透子はクスクスと笑った。
 結婚式に来る透子の元同僚たちの近況をひとしきり話しているとあっという間に時間が過ぎた。

『さっきは私も先走ってあれこれ言っちゃったけど、二人のペースが一番だからね。あんまり気にしすぎないで』

 電話を切るタイミングになって、夕貴が少ししおらしい声で言った。もしかしたら話している間もずっと気にしていたのかもしれない。透子はふっと笑みを漏らした。
 
「うん、ありがと。ごめん、ウジウジしちゃって」
『透子が恋愛でウジウジしてるのはいつものことだからね、平気平気』
「はは、そだね……。じゃあ、結婚式で会えるの楽しみにしてる」
『私も。じゃあまたね』

 通話を終えたスマートフォンをサイドチェストの上に置き、透子は両手を広げて仰向けにベッドへ倒れ込んだ。青白く光るシーリングライトをぼんやり眺めながら溜息を吐く。

「結婚かぁ……」

 独りごちた言葉はやけに大きくこの一人部屋に響いた。
 結婚以前に、この関係はいつまで続いてくれるのだろう。
 彼と共にいて、惜しみなく愛を注がれて、身も心も満たされて。もし彼が透子に飽きて別れを告げられた時、果たして自分は耐えられるのだろうか。
 そんな「もしも」を考えても詮ないことだ。けれども、どうしようもなく不安に駆られ、透子は逃げるように目を閉じた。
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