恋はひと匙の魔法から

偶然の再会

「西岡さん、三十分後にタクシーを呼んだので、そろそろご準備をお願いします」
「うん、オッケー」

 座ったまま手を止めることなく、透子は通路を挟んだ隣の席に座る西岡へそう呼びかける。彼もまた、視線をモニターに釘付けたままキーボードを叩きながら頷いた。

 今日この後向かうのはテレビ局。
 注目のサービスや企業をクローズアップするJBSの経済ドキュメンタリー番組に西岡が出演するのだ。番組では『ルセッタ』という真新しいサービスを成功に導き、会社を急成長させた西岡の手腕を中心に取り上げられる。
 先月オフィスに取材も来たが、自分は映り込む程度だというのに緊張してカメラを意識しすぎてしまい、スタッフから「いつも通りでお願いします」と苦笑混じりの指摘を受けてしまった。
 対する西岡はカメラがあろうと動じることなく、普段と全く変わらず平然とした態度で仕事に臨んでいた。多分、心臓の作りからして違うのだと思う。
 
 透子も秘書として今日の収録に同行する予定だが、出発の三十分前になってもこうしてバタついているのには理由がある。というのも、西岡の来週の予定に急遽変更が生じたからだ。
 
 元々来週は、タイアップを実施する高級スーパーマーケット『伊勢福商店』の本社がある大阪へ二日間の出張予定を組んでいた。

 現在進行中の、ルセッタ上でのコラボ販売に加えて、『伊勢福商店』の実店舗にも電子POPモニターを設置して『ルセッタ』のレシピ動画を流したい、とかねてより交渉していた。電子POPモニターの導入費用や設置場所等々、さまざまな課題があり交渉が難航していたが、ようやく話が纏まる兆しが見え、今回は西岡が直に赴き成約に向けた最終調整を行う予定だった。
 
< 67 / 131 >

この作品をシェア

pagetop