恋はひと匙の魔法から

閑話

 新大阪発東京行き、のぞみ百六十七号。
 普通車の窓際の席に座り、遼太は暗がりで殆ど見えない窓の向こうをなんとはなしに眺めていた。
 いつもなら始終パソコンと向き合っているところだが、今日は生憎そんな気分にはなれなかった。そうしてさり気なく、テーブルの上に置いたスマートフォンへチラリと視線を移す。
 
 沈黙を守る液晶画面を人差し指で叩いてみるも、デフォルト設定の待受画面が全面に表示されるだけだった。通知は何一つきていない。
 そのことに遼太は落胆を覚え、小さくため息をついた。
 先程から十分に一回は同じ行動をして、同じように嘆息を繰り返しているように思う。我ながら女々しいことこの上ない。が、恐らく十分後も同じことを繰り返しているに違いない。

 透子から今週も兄の店を手伝うので会えないと連絡が来たのは、今朝のことだった。
 手堅い成果を得られた大阪出張も最終日を迎え、残すはお偉いさんのご機嫌取りという消化試合のみ。自然と気が緩み、可愛い恋人にようやく会えると朝から密かに心を浮き立てていた。
 
 ゆえに、透子からのそっけない返信は、そんな遼太の心を一瞬にして凍てつかせたのだった。
 商談前の空き時間に利用するシェアオフィスへ向かう途中、信号待ちをしていたタイミングでそのメッセージを読んだのだが、思わず「はっ?」とスマートフォンに凄んでしまった。同行していた部下から怯えた目を向けられ、すぐさま何でもない風を装ったが、内心では嵐が吹き荒れていた。青信号を一度見送る羽目になったのは言うまでもない。

(いや、二週も連続で外で働いてる妹を呼びつけるなんて、どう考えてもおかしいだろ。体制に穴があるとしか思えない。充分な人員が確保できないならそれ相応の店舗規模にすべきだし、身内に甘え過ぎだ。それで透子が倒れでもしたらどうするんだ)

 と、会ったこともない透子の兄へ八つ当たりという名の怨嗟の念を送る。
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