恋はひと匙の魔法から
 今回の大阪出張は、そこそこ大きい規模の商談だっただけに神経を使った。だからこそこの週末は、付き合い始めたばかりの初々しい恋人を存分に愛でて英気を養おうと思っていたというのに。その邪魔立てをされて上機嫌でいられる男などいるはずがない。
 だが、そんな不平不満を透子本人にぶつけるわけにもいかず。
 遼太は冷静さをなんとか保ちながら、どうしたものかと考えを巡らせる。
 
 明日会社に行けば会えるが、それはあくまで仕事。お互い上司と部下という役割に徹するだけだ。
 真剣な表情で業務にあたる彼女の横顔を息抜きがてら眺めるのも楽しいが、それだけでは物足りない。
 身も心もデロデロに甘やかして、真っ赤になって恥ずかしがる姿を愛でて、我を忘れるほど蕩けさせたい。
 考えれば考えるほど想いは募り、ついには我慢が出来なくなって『今日少しだけでも会えないか』と透子へメッセージを送ってしまった。
 誘われた飲み会も適当な理由をつけて断り、チケットを振り替えて予定よりも早い新幹線に乗り込んだまではよかったのだが――

(返事が、こない……)

 秘書という役職柄もあるのかもしれないが、透子は基本的に返信が速い。
 会いたいとメッセージを送ったのは今朝のこと。遅くとも昼過ぎには返信があると踏んでいたが、定時を過ぎて夜になっても返事どころか既読マークすらついていない。
 焦れた遼太の脳内では、想定可能なあらゆる要因が高速で駆け巡っていく。
 忙しいから。スマートフォンの充電が切れたから。単純に他のメッセージに紛れてしまったから。その辺りの理由ならまだいい。
 もしこの一週間で、物理的に距離が離れたことによって透子が我に返り、この生活能力皆無で仕事にばかりかまけている遼太に愛想をつかせてしまっていたら――

(考えるのはよそう……)
 
 連絡が来ないのは「忙しいから」と強引に結論づけた。我ながら女々しい自覚はあるが、もし透子に振られでもしたら、ショックすぎて今以上に仕事しかしない亡霊に成り果てる自信がある。

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