恋はひと匙の魔法から
「……週刊誌のこと、西岡に聞いてみた?」

 そう言って眉を曇らせた水卜へ透子は頭を振る。

「……だって、私には関係ないことです」
「それ、本気で言ってる?違うでしょ」

 透子の拙い虚勢を見破った水卜の鋭い指摘が突き刺さり、透子は言葉を詰まらせた。

「言っておくけど。あいつ、自分のことが記事に出てるなんて夢にも思っちゃいないよ。西岡のレーダーってマジで仕事以外キャッチしないから。だから透子ちゃんがこうやって落ち込んでることも絶対気がついてないし、なんなら言われるまで全く知らないままだと思うよ。あいつ本当、仕事以外ポンコツだから」
「ポンコツ……」

 なかなかに酷い言い草だ。そんなことを言って許されるのは恐らく彼だけだろう。
 呆気にとられる透子を余所に水卜はさらに言い募る。

「まあ、そういうわけだからさ。見限る前に話くらいは聞いてやってよ。はっきり聞いてみてくれたら、多分誤解も解けると思うし」
「……そんな、誤解も何もないと思いますけど」

 英美里が西岡の家を訪れていたのは間違いようのない真実だろう。
 それに、あの日出会した際の英美里は、恐らく透子が何故あの場にいたのかも見抜いていた。それでいて牽制したのだ。透子へ、分を弁えるようにと。
 透子は現状を正しく理解していると自認していた。自分で言うのも難だが、他人の心の機微には敏い方である。
 それに――

「それに、西岡さんは私の作る料理を気に入ってくれただけですから。だから私が見限るとかそう言う話じゃなくて――」
「――なんか聞き捨てならない台詞が聞こえたんだけど」

 背後から耳触りの良い低音が聞こえた。
 それは透子が恋焦がれてやまない声で、しかしこの場にいるはずのない人のもので。
 透子は驚倒して椅子からずり落ちそうになるのを堪え、恐る恐る振り返った。
 そこには、憮然とした面持ちで透子を見下ろす西岡の姿があった。
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