恋はひと匙の魔法から
 相手の反応に一喜一憂して、己の感情に振り回される。そんな恋愛をするのは初めてだ。
 求められるがままに付き合ってはみるものの、遼太にとって恋愛はいつも二の次だった。蔑ろにしていたつもりはない。ただ、部活やサークル、勉強に仕事と、いつだって情熱を傾けるものが別にあった。
 そんな遼太に不満を抱き、「私のことなんてどうでもいいと思ってるでしょ」とキレられるか、泣かれるか、あるいはその合わせ技で、最終的には振られるのが常だった。
 自分は恋愛感情が人よりも希薄なのかとも考えたこともあったが、それは単純に、真に愛しいと思う存在に出会っていないだけだったのだと、今なら分かる。

 初めは、透子に対しても部下以上の感情を抱いてなどいなかった。むしろ意識的に「上司」と「部下」という線引きをしていたといってもいい。社内恋愛なんてものは、あらゆる方面でトラブルになりかねないのだ。透子だけでなく誰が相手でも、そんなリスクを冒す気はさらさらなかった。なかったのだが――

(まあ、無理だったな)

 そんな己の不文律はあっさり破られることになった。
 
 ちなみにいうと、弁当を作って欲しいと透子に頼んだ際に邪な気持ちは全くなかった。自分でも若干頭がおかしいとは思うが、ただただ透子の料理が美味すぎて、また食べたくて仕方がなかったという純粋な食欲に突き動かされて頼み込んだだけだった。
 ただ、弁当を作ってもらうというきっかけから自然とプライベートな会話が増えていき、そうするとだんだん、透子の存在が部下の一人ではなく一人の女性として、遼太の中に居つくようになっていた。
 
 透子はこれまで遼太の周囲にいた、やたら弁の立つ気が強い女性とも、見た目を武器に男を籠絡しようと目をギラつかせている女性とも違った。
 穏やかで誰に対しても人当たりが良く、それでいてしなやかな強さを持っている。彼女の美点が今更目につくようになったのはいつからだったろう。恐らくそんな己の心の動きすら無自覚だったように思える。
 だが、照れたように頬を赤く染めて花のような笑みを向けられた瞬間、遼太の心が鮮やかに色付き、この感情が紛れもない恋情であることをはっきりと自覚したのだった。

 透子のことを考えていたら、無性に彼女に会いたくなった。だが、透子から未だに返信はない。
 ままならない状況に心が荒み、遼太はバリバリとうなじを掻きむしった。

(会いたくないやつは呼んでもないのに何度も来るんだから、不条理だよなぁ人生って……)

 不貞腐れて人生すら悲観し始めた遼太は、窓枠に頬杖をつきながら先週末に見舞われた厄介事を思い出していた。
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