恋はひと匙の魔法から
 だが、英美里は怯むことなく、それどころか眉を吊り上げ、非難がましい目で遼太の左手首を指差した。

「じゃあなんで、いつまでもその腕時計をしてるわけ?」
「……これ?」

 遼太は腕時計を嵌めた左腕を上げて見せた。社会人になって初めて貰ったボーナスで買ったものでそれなりに思い入れがあった。
 が、何故英美里が憤慨しているのかが分からない。
 首を捻っていると、今度は英美里が自分の左腕を掲げて見せる。手首には自分の物と同じデザインの腕時計が嵌められていた。
 そういえば自分がこの時計を付け始めてからしばらくして、英美里も使いやすそうだからと同じ時計を買っていた、ような気がする。そのことを思い出し、遼太は苦々しく顔をしかめた。

「いや、これは別にお揃いとかじゃないだろ」
「だって、私も買おうかなって聞いたらいいんじゃない?って言ってた!遼太はそんなつもりじゃなかったってこと?!」
 
 軽率な返事をした若かりし頃の自分を恨んだ。甲高く騒ぎ立てる英美里を前に、遼太は静かに嘆息を漏らした。

「…………それは悪かった。けど、俺は英美里とやり直すつもりは一切ないし、この時計は今日限りにする。話は終わりだ、帰ってくれ」

 遼太は親指で背後の玄関扉を指した。だが、英美里は鼻を鳴らしてそっぽを向いる。
 まだ何かあるのか、といい加減うんざりして、無理矢理叩き出したくなる衝動を遼太はなんとか堪えた。

「鬱陶しそうにしちゃって。彼女でもできたってわけ?」
「関係ないだろ」
「まあ、予想はつくけどね。あの秘書の子でしょ、今の彼女って」

 知り得ないはずの事実を指摘され、遼太の表情に、僅かな狼狽が浮かんだ。
 それは一瞬のことだったが、目敏く見逃さなかった英美里はしたり顔で肩をそびやかした。

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