恋はひと匙の魔法から
「やっぱり。あの子、私を見た時すっごく動揺してたもの。あの後喧嘩でもした?」
「……別にしてない」
「へーえ、物分かりいいのね。彼氏のために料理も作って、従順ないい子ってわけ。逆に言うと、それくらいしか取り柄がないのかしら」

 英美里の視線は、明らかに遼太が使いそうにない器具が並んだシステムキッチンへと向いている。その物言いには険があった。
 遼太は眼光を鋭くし、英美里を睨んだ。
 この女は気は強いが、普段はそこまで攻撃的な人間ではない。己の矜持を保とうとしているのだということは分かるが、それでも透子を侮辱する発言は許し難い。

「おい。これ以上何か言ったら、警察に不法侵入で突き出すぞ」

 声を一段低くし威圧すると、彼女は肩をすくめてため息を吐いた。

「なんか興醒め。あんなどこにでもいそうな子と付き合うなんて。貴方も大した男じゃないのね」

 今しがた、その大したことのない男へやり直そうと持ちかけてきたのはどこの誰なんだ、と怒りのあまり問い詰めたくなった。
 勝手に部屋に侵入してきた上に、この傲岸不遜な態度。加えて己の恋人を貶されては、到底許容などできやしない。遼太の苛立ちは頂点に達していた。

「透子はいい女だよ。少なくとも俺が惚れて手放したくないと思うくらいには」

 自意識過剰極まりない発言だが、事実なので仕方がない。
 内心で苦笑していると、目の前の手放した女が、ふっくらとした唇をこれでもかと強く噛み締めている。気のせいでなければ舌打ちも聞こえた。
 
「帰るわ。さようなら」

 そう吐き捨てると同時に、放り投げられた鈍色の鍵を遼太がキャッチすると、英美里は横を通り過ぎこちらを振り返ることなく部屋を出て行った。
 バタン、と音を立てて扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。それと同時にドッと疲れが押し寄せ、遼太はその場にドサリと座り込んだ。
 立てた片膝に額を押し当て、遼太は項垂れる。まさしく修羅場をくぐりぬけ、遼太の精神は珍しく打ちのめされていた。
 重苦しいため息が静まり返った部屋に響く。遼太は抜け殻のようになって、しばらく廊下で蹲っていた。
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