恋はひと匙の魔法から
「で、何の用なんだ」

 本音は一刻も早く帰ってほしいのだが、それを言って素直に帰るようなら端からこんな犯罪めいた真似はしていないだろう。
 遼太は深々とため息をついた。
 自分の家だというのに未だに三和土に突っ立ったまま、部屋に上がるのを忘れていた。ひとまず靴を脱ぎ、不本意ではあるが英美里と向き合う。
 英美里は一応自分の行動を後ろめたく思っているのかそうでないのか、やけにしおらしく切り出した。

「……やり直したいと、思って」
「俺は英美里ともう一度付き合うつもりはない」
「……ッ!」

 大体予想はついていた台詞をにべもなく切り捨てると、英美里は瞳がグラリと揺れた。納得がいかないと言わんばかりに唇を噛み締め、拳を握っている。

「私、JBSを辞めるの。フリーになって朝番組も辞める。そうしたらもっと時間も作れるし、なんだったら遼太に合わせて仕事をするでもいいし。前はほら、生活リズムも合わなかったし、ゆっくり話をする暇もあんまりなかったでしょ?だから、すれ違ったところもあると思うの。だから――」
「俺は、そうは思わない」

 切々と訴えてくる英美里の言葉をバッサリと切り捨てた。
 だが、反発するように英美里が眦を上げて遼太を睨め上げる。強い意志のこもったその瞳に、遼太は懐かしさを覚えた。
 最初に付き合った時は、こんな風に気丈で自立しているところが人間的に尊敬できて好きだと思っていた。

「どうして?また、試しに付き合ってみるのでもいいよ。今度は失敗しない」

 一転して、真っ赤な口紅で彩られた英美里の唇が美しい弧を描く。遼太が頷くと信じて疑わない、挑戦的な笑み。
 余程自分に自信があるのか、それとも、遼太はきっと流されるだろうと前回の経験を踏まえているからか。恐らくどちらもだろう。
 人を愛するという意味を理解していなかった頃の哀れな自分なら、「これも腐れ縁か……」なんて思いながら諾していたかもしれない。
 
「俺がもう英美里を好きじゃないからだ。これからもそれは変わらない」

 はっきりと、そう告げた。
 遼太の声には、これまでの関係に終止符を打つのだと確かな決意がこもっていた。
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