孤高のエリート社長は契約花嫁への愛が溢れて止まらない
 そんな温かな場所にいると、さっきの出来事が夢みたいに思えてくる。それくらい現実離れしていたのだ。天井の高い豪華なホテルも、おとぎの世界から飛び出してきたような容貌の美麗な社長も。

「だいたい、事情も話さずいきなりベッドに連れ込むなんて」

 包丁を持ち替えて里芋の側面の皮を剥いていると、ピリッとした痛みが指先に走った。

「いたっ」

「わ、切った? 大丈夫?」

 リサさんがすばやく業務用のアルコールスプレーを私の指に吹きかけキッチンペーパーを押し当ててくれる。

「すみません、つい力が入っちゃって」

 大して深くはないけれど、左手の親指に赤い線が浮かんでいた。

 失敗した。ただでさえ滑りやすい里芋を扱っているときは注意しなきゃいけないのに、感情に任せて包丁を握るなんて。

「ひかりちゃん、今日はもう帰りな」

 カウンターの向こうの修造さんが心配そうに私を見る。四角い輪郭の一見強面な修造さんは、知らない人からすると近寄りがたい雰囲気があるけれど、実際はとても穏やかで優しい人だ。

「でも」

「ここのとこ就職活動やらなんやらでろくに休んでないだろ。たまには早く帰ってゆっくりしたほうがいい」

「そうだよ。手伝ってくれて助かったけど、うちは大丈夫だから」

< 32 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop