孤高のエリート社長は契約花嫁への愛が溢れて止まらない
 受け取ったハンカチで目もとをぬぐい、息をついた。知らないあいだに強張っていた肩から力を抜く。

「でも、安心しました」

 きょとんとする社長秘書を、そっと見上げる。

「ちゃんと、生きてきた人なんですね」

「どういう意味でしょうか……?」

 訝しげに眉根を寄せる彼に、私は微笑みかける。

「若くして会社を成功させた起業家で、あんな整った外見をしていて、おまけにいっつも無表情だから、あの人自身になんだか現実味がなかったというか」

 すべてを持っていた穂高壱弥は、おとぎ話の世界からそのまま飛び出してきたみたいで、作り物のようだった。

「私と同じ、ちゃんと血が通った人間だったんだなって」

 穂高壱弥が輝かしいばかりの人だったら、私はきっと一緒にいるうちに疲れてしまうに違いない。

 少しの陰りも許さず常に眩しく輝く太陽よりも、優しく影を抱き日常とともに満ち欠けを繰り返す月の方が、私は心が安らぐ。

「うまくやれそうな気がしてきました」

 あの人はいつでも離婚していいと言っていたけれど、夫婦になる努力をしてからでも遅くはない。紙切れでつながった契約婚といえども、婚姻関係を結んだからにはもう私たちは他人ではないのだから。

「そうですか」

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