落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
 黒い馬具をつけた漆黒の馬に跨がったヴァルテールは淡白な調子でそう告げた。言葉は丁寧で落ち着いた声色だったが、プラチナは背が寒くなるような感覚に襲われた。――常に声を荒らげて罵る叔父や従姉妹よりもよほどおそろしい相手に思えた。

 当のフィーは敵意を露わにヴァルテールに牙を剥こうとしたが、プラチナは小さな竜を手で押さえ、押しとどめた。――罪人のように連れ去られようとしている今、フィーが傷つけられ、あるいはフィーと離れることが何よりもおそろしかった。

 荷車に乗せられ、肩に止まったフィーを撫でながら、プラチナは遠ざかる故郷を見ていた。イストワールへは陸路で戻るようで、荷車の乗り心地は決して快適とはいえない。ゴトゴトと揺れ、倒れてしまいそうになったり、固い木材から伝わる振動で体を痛めてしまいそうだった。

 それでも、翠の目はミトロジアの遠景を映していた。王都を囲む古い城壁――その遙か頭上、影となって夕陽の中を飛ぶ竜の姿を捉えていた。
 彼らにもう会えないかもしれないということだけが、ただただ悲しかった。

「……あなたはミトロジアの償いのために売られました。あなた個人に対しては哀れに思いますが、これもミトロジアの竜使いとして生まれたがゆえと諦めてください」

 ふいに、荷車に並んだ馬上のヴァルテールがそんなことを言った。
 プラチナは翠の目で振り向く。

「売られた……」

 思わず、そう反復していた。どこか、遠い出来事のようにしか聞こえなかった。
 ただ、淡い感情が――悲しみなのか、怒りなのか、それ以外なのかわからないものが――胸の中に小さな泡のように浮かんで弾けた。
 ヴァルテールが、再び口を開く。

「我々に従うなら、そう粗末な扱いはしないと約束しましょう。ひとまず、自分の無事を伝えたい相手はいますか。無事と出国を伝える言葉くらいは届けてさしあげましょう」

 隙の無い旋律を思わせる声にわずかな揺らぎがまじり、プラチナは翠の目を鈍く瞬かせた。
 ――無事を伝えたい相手。
 首を横に振った。

「いません。わたしがいなくなっても、竜たちの世話が行われること……それだけが、わたしの望みです」
「――本当にそれだけですか?」

 どこか冷たさの強くなったヴァルテールの声に、プラチナは漠然と首肯した。竜以外に、未練などなかった。

「わかりました」

 イストワールの黒き騎士は、それで会話を終わらせた。
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