落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
 暴れる間もなく、プラチナはフィーごとヴァルテールの方へ押し上げられる。黒い籠手に包まれた手が伸び、プラチナの体を易々と抱えてグリフォンに乗せた。
 ヴァルテールの前で横抱きにされる形になり、プラチナは硬直する。強ばった体を挟むようにヴァルテールの腕が伸びて手綱を握り、

「墜落したくなければ、私に力の限りしがみついてください」

 そう言って、手綱を軽くしならせた。
 ――とたん、グリフォンが背の巨大な翼を一度はためかせ、その四肢が力強く地を蹴る。
 プラチナはとっさに悲鳴のような声をあげてヴァルテールの胸元にしがみつく。
 グリフォンの体が瞬く間に地を離れ、空へ駆け上った。

「……‼」

 悲鳴とも歓声ともつかぬ声が、プラチナの喉をついた。イストワールの野営地も、ミトロジアの地も、草木も畑もすべてが小さな点になっていく。
 背後に、もう一体のグリフォンの羽ばたき音が聞こえた。どうやら、あの文官ふうの男が同じように騎乗してついてきているらしかった。

 プラチナの目に、燃えるような空が広がる。
 ――何度も夢に見た、竜のように空を翔る光景が、思いもよらぬ形で目の前にあった。

「落ちないようにしてください」

 手綱を握り、同時にプラチナを抱えるようにしながら、ヴァルテールは言った。
 プラチナは興奮なのか不安なのかわからないもので言葉が出なかった。右肩にしがみつくフィーが威嚇の声を発していたが、今はそれも頭に入ってこなかった。

 ――グリフォンは、馬とは比べものにならない速さで空を進む。
 地上と違い、遮るもののない世界で、グリフォンの翼は力強く羽ばたき続ける。気流に乗ると翼を広げたまま滑空し、姿勢を安定させる。このグリフォンがヴァルテールに従順なことも肌で感じた。プラチナが自分で身を乗り出したりなどしない限り、落下の危険にさらされることはなかった。

 プラチナとヴァルテールの間に言葉はなかった。
 夜を迎えて冷えた空気にさらされると、プラチナはヴァルテールの黒いマントで包まれた。思わず身を強ばらせたが、ヴァルテールは何を言うでもなかった。

 飛び続け、やがて空が白みはじめる。睡魔など一瞬たりとも訪れなかったプラチナの目に、世界が明るくなるのがこれまでになく強く感じられた。
 そうして――再び、人の集う町と思しきものの遠景が浮かび上がった。

 疲れを感じさせず、グリフォンは飛んでいく。町と思しき風景は次第に大きくなっていき、ミトロジアの王都にも匹敵するような――それよりもずっと大きな都だとプラチナは気づく。
 あれは、とプラチナがかすれた声でつぶやいたとき、ヴァルテールから答えがあった。

「イストワールの王都です」
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