落ちぶれ令嬢として嫁いだら、 黒騎士様の溺愛が待っていました
――この巨大な建物は、イストワールの王宮であるようだ。
階段を下りて屋内に入り、プラチナは巨大な廊下を歩きながら体を強ばらせた。ヴァルテールが傍らにつき、前後は兵が囲んでいる。先頭を行くのは、あの文官の男だった。
この場において、手は縛られて使用人の古着をまとったプラチナは、まるで違う世界から迷い込んだ異物のようだった。
あるいは人々から忌み嫌われる、食料庫に紛れ込んだネズミであるのかもしれない。
プラチナが暗澹たる気分にとらわれていると、やがてひときわ大きな広間に出た。天井は高く、左右に大きな窓がもうけられて光が射し込み、室内に絶妙な陰影を描いて荘厳な雰囲気を醸し出している。
射し込む光がもっとも厳かに照らす場所に、一人の男性が立っていた。銀にも見まごう灰色の髪に、優美さを感じさせる輪郭。細く高い鼻に、目尻がわずかに垂れ下がって甘い雰囲気が加わる。すらりとした長身で、佇まいに気品が漂う。
この場にいる誰よりも華美な衣装と、それに劣らぬ悠然とした態度、そして左右を固める近衛兵からして王族に違いなかった。国王その人にしてはだいぶ若い。二十代の半ばか、もう少し下にしか見えない。
(王子……?)
プラチナは心の中でつぶやいた。
先を行っていた文官の男が高貴な男性の前に片膝を折り、連れ立っていた兵たちが距離を置いて同じく膝を折る。
その後ろで、プラチナは呆然と立ち尽くしていた。傍らのヴァルテールが胸に手を当てて優雅に一礼する。男性が口を開いた。
「陛下は出かけておられる。お戻りになるのはもう少し後だ。代わりに私が報告を受けよう。先に貴卿らが戻ったということは、急ぎ報告したいことがあるのであろう? 良い知らせを期待していいのか?」
「はい、殿下。このたび、ミトロジアは我が国に臣従することを誓いました」
文官ふうの男が恭しく告げると、殿下と呼ばれた男性は目元を和ませた。
「よくやった」
「もったいないお言葉にございます。これもすべて陛下の御威信の賜物にございます。……しかしミトロジアの中にも、浅慮で愚行にはしる者がいたのも確か。それはすぐに、こちらにいるエヴェイユ騎士団長が制圧なされました」
文官の言葉に、王子と思しき青年はヴァルテールに目をやった。眩しいものを見るように目を細め、口元に品の良い微笑が浮かぶ。
「相変わらず頼もしいな、エヴェイユ公。ミトロジアの竜が相手でも、公の武勇はいささかも引けを取らぬようだ。イストワールの誇る黒剣騎士団の長にふさわしい働きだ」
「――身に余るお言葉です」
ヴァルテールが一礼する。プラチナはかすかに息を呑み、耳を研ぎ澄まして飛び交う言葉を聞いていた。
――イストワールの黒剣騎士団。
以前、叔父が忌々しげに口にしていたのを今になって思い出した。イストワールの中でも特に際立った戦力であり、ミトロジアの誇る竜を相手にしてもまったく引けを取らない猛者たちであるらしい。グリフォンを飼い慣らすことに成功しているのも、この騎士団がそれほどの精鋭だからだろう。
(このヴァルテールという人は、一介の騎士どころではなく……騎士団長……?)
階段を下りて屋内に入り、プラチナは巨大な廊下を歩きながら体を強ばらせた。ヴァルテールが傍らにつき、前後は兵が囲んでいる。先頭を行くのは、あの文官の男だった。
この場において、手は縛られて使用人の古着をまとったプラチナは、まるで違う世界から迷い込んだ異物のようだった。
あるいは人々から忌み嫌われる、食料庫に紛れ込んだネズミであるのかもしれない。
プラチナが暗澹たる気分にとらわれていると、やがてひときわ大きな広間に出た。天井は高く、左右に大きな窓がもうけられて光が射し込み、室内に絶妙な陰影を描いて荘厳な雰囲気を醸し出している。
射し込む光がもっとも厳かに照らす場所に、一人の男性が立っていた。銀にも見まごう灰色の髪に、優美さを感じさせる輪郭。細く高い鼻に、目尻がわずかに垂れ下がって甘い雰囲気が加わる。すらりとした長身で、佇まいに気品が漂う。
この場にいる誰よりも華美な衣装と、それに劣らぬ悠然とした態度、そして左右を固める近衛兵からして王族に違いなかった。国王その人にしてはだいぶ若い。二十代の半ばか、もう少し下にしか見えない。
(王子……?)
プラチナは心の中でつぶやいた。
先を行っていた文官の男が高貴な男性の前に片膝を折り、連れ立っていた兵たちが距離を置いて同じく膝を折る。
その後ろで、プラチナは呆然と立ち尽くしていた。傍らのヴァルテールが胸に手を当てて優雅に一礼する。男性が口を開いた。
「陛下は出かけておられる。お戻りになるのはもう少し後だ。代わりに私が報告を受けよう。先に貴卿らが戻ったということは、急ぎ報告したいことがあるのであろう? 良い知らせを期待していいのか?」
「はい、殿下。このたび、ミトロジアは我が国に臣従することを誓いました」
文官ふうの男が恭しく告げると、殿下と呼ばれた男性は目元を和ませた。
「よくやった」
「もったいないお言葉にございます。これもすべて陛下の御威信の賜物にございます。……しかしミトロジアの中にも、浅慮で愚行にはしる者がいたのも確か。それはすぐに、こちらにいるエヴェイユ騎士団長が制圧なされました」
文官の言葉に、王子と思しき青年はヴァルテールに目をやった。眩しいものを見るように目を細め、口元に品の良い微笑が浮かぶ。
「相変わらず頼もしいな、エヴェイユ公。ミトロジアの竜が相手でも、公の武勇はいささかも引けを取らぬようだ。イストワールの誇る黒剣騎士団の長にふさわしい働きだ」
「――身に余るお言葉です」
ヴァルテールが一礼する。プラチナはかすかに息を呑み、耳を研ぎ澄まして飛び交う言葉を聞いていた。
――イストワールの黒剣騎士団。
以前、叔父が忌々しげに口にしていたのを今になって思い出した。イストワールの中でも特に際立った戦力であり、ミトロジアの誇る竜を相手にしてもまったく引けを取らない猛者たちであるらしい。グリフォンを飼い慣らすことに成功しているのも、この騎士団がそれほどの精鋭だからだろう。
(このヴァルテールという人は、一介の騎士どころではなく……騎士団長……?)