君という鍵を得て、世界はふたたび色づきはじめる〜冷淡なエリート教授は契約妻への熱愛を抑えられない〜
 そして、彼女は玄関まで送りについてきてくれた。

「いってらっしゃいませ。お仕事頑張ってくださいね」
「いってくるよ」

 遠慮がちな、だが温かい声に送り出されて、俺は玄関を出た。

 彼女が送り出してくれたのは今朝が初めてだった。
 いつもは好き勝手な時間に慌ただしく出て行くばかりだったから。

 結婚生活とはこういう感じなのか。

 今更ながら実感して、思わず胸が温かくなるのに気付いた。

 俺は実はこんな生活を望んでいたのかもな……。

 そんなことを思って、思わず自嘲の笑みをもらす。

 なにもしなくていい。
 ただ、そばにいてくれれば。

 彼女からもう会えなくなると告げられたあの日、よぎったのはそんな焦りだけだった。

 気付いたら口走っていた。

 結婚して欲しい。

 などと。

 出会って間もないのに、とんでもないことを口走ってしまった。
 そのくせ、利害が一致しただの契約関係だのと冷めた言葉で取り繕って、思いを隠してしまった。

 自分の浅ましさ卑小さに、あれほど失望した時はない。

 だが同時に、安堵してしまっていた。

 これで美良を一生俺のものにできる、と。

 車に乗り込むと、息を求めるように溜息をこぼした。
 俺の手には、ベーグルの温もりがまだ残っていた。


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