交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ~クールな旦那様と愛妻契約~
「今日はありがとうございました。 父がだいぶ付き合わせてしまって…大丈夫ですか?」
今日が土曜日で、深山さんは明日は仕事が休みだと聞いた父が調子に乗って酔いつぶれた22時頃、ようやくこの日はお開きとなった。
玄関の外で、少し頬を赤らめた深山さんを見上げる。
「ああ。酒は強いほうだし、小梅の幼い頃の可愛いエピソードをたくさん聞けて楽しかった。やっぱり、古嵐家は暖かいな」
深山さんがふにゃりと気の抜けた笑顔を見せる。結婚すると決めたあの夜から、深山さんは敬語をやめて名前呼びを始めたのも相まって、随分と距離が近くなった気がする。
お酒の効果だろうか、とても自然に見えるその表情は、彼にしては結構レアだ。
「恥ずかしいです…。今はもう、そんなにやんちゃじゃないですからね?」
「やんちゃではなくても、大胆な性格は変わってないんじゃないか?」
私が深山さんにプロポーズの返事をする前に、両親に彼を紹介してしまった時のことだろう。
たしかに今まで私は、彼の前で結構突飛なことを言っている気がする…。
「お転婆は卒業したはすなんだけどなぁ」
深山さんがくすくすと笑うので、私も自然と頬が緩む。
やっぱり今日は深山さん、よく笑う。
「じゃあ、今日はありがとう。 また明日、9時に迎えに来る。 おやすみ、小梅」
「はい。おやすみなさい、い、一織、さん」
結婚を決めた時から始めた名前呼び。1週間も経てば彼の方はとてもナチュラルに習得してすっかり馴染んでいるけれど、男の人とそんなやり取りをするのがほぼ初めての私は、未だにたどたどしくなってしまう。
深山さん…、改め一織さんは、ゆっくり慣れていけばいいと言ってくれるけど、実は家で一人で練習していたりするのは恥ずかしいので内緒だ。
一織さんの背中が見えなくなるまで見送って、私はふぅとため息をつく。
おやすみ、小梅……
たった一言が、頭を何度も繰り返し流れて困ってしまう。
彼は女性の扱いに慣れていないと言っていたけど、絶対うそだと思う。
あんな優しい声と表情で言われたら、おやすみどころか目が冴えちゃうよ…。それとも、こんなに意識してしまうのは私が単純すぎるだけなのかな。
ふと、ポケットからスマホを取り出して写真フォルダを開く。
一番最新の写真をタップして、画面に写るのは一織さんの綺麗な横顔。
少し頬が赤らんでいて、酔っているのが分かる。
父との会話に花を咲かせている時の、控えめで穏やかな笑顔だ。
思わずシャッターを押してしまったなんて、この隠し撮りは秘密だ。
それにしても、一織さんは基本クールだけど、たまに見せる笑顔の破壊力がすごいよなぁ。…なんて、何考えてるの私。隠し撮り眺めてにやにやしてる暇はないんだった。
今日挨拶を済ませて、明日にはもう実家を出て一織さんのマンションに引っ越すことになっている。婚姻届の提出も済ませる予定だ。
随分と慌ただしいのは、今を逃すと彼の仕事が忙しくなって時間が取れなくなるから。
事が早く進むのは全然良いのだけど、一織さんのご実家にはまだご挨拶に行けていないのが気がかりだ。
私の実家への挨拶は絶対に先にすると配慮してくれたけれど、彼の方は『生活が落ち着いてからでいい』と言われてしまったので、ご両親もお忙しい方たちなのかな、と思うことにしてそれ以降私からは何も言っていない。
その辺のことは、一織さんと一緒に考えるとして……
明日から始まる新しい生活に思いを馳せ、いつもより長めにお風呂に入り念入りにスキンケアを施した。
そうしてあっという間に、24年間過ごした実家での最後の夜は更けていった。