【完結】鍵をかけた君との恋
 居間まで来たものの、身の置き場に困っているのか、そわそわし出した彼に言う。

「座ってよ、森君」
「なんか、悪い気がしてきた。女性ひとりのとこにいきなりお邪魔するなんて……」
「ただのお見舞いなのに?気にしないでよ」

「それもそうか」と彼は頷いて、腰を下ろす。

「よく私の家わかったね。前に来たことあったっけ?」

 台所で湯を沸かしながら、私は聞いた。

「マンションの下までなら来たことあるよ。ポストで部屋番号確認してから来た」
「下の自動ドアはどうやって解除したの?」
「たまたま住人がいて」
「ああ、そっか」

 ふたつのマグカップを食卓に置き、彼の対面に腰を掛ける。湯気と私と森君と、なんだか和む。

「体調大丈夫?俺はすぐ帰るから、寝なよ」
「大丈夫だよ。今日ずーっと寝て、だいぶよくなった。頭はちょっと痛いけど」
「それならいいんだけどさ。この時期に風邪なんて、無理でもしたの?」
「ちょっと夜風にあたりすぎた」
「えー、乃亜ってそんな繊細だったっけ?」
「あははっ。意外でしょ?」

 彼との他愛ない会話は盛り上がり、マグカップの中身は空っぽに。再び台所に立ち湯を沸かしていると、プルルと鳴る携帯電話。

「乃亜、陸から着信きてるよ」

 その名前は、私の一時停止ボタン。体も思考も矢庭に止まる。唯一動くのは唇だけだ。

「そのまま放っておいて」
「え、出ないの?陸と喧嘩でもした?」

 喧嘩の方が、まだマシだ。
 森君は、ふふっと微笑み背を反らす。

「乃亜に引っ叩かれて謝ってる陸、俺達学年の名物だったよなあ。また見たいわ」

 人の心で綺麗に残るその思い出も、私の中では泥に塗れて、今は上手に取り出せない。

 ふと真面目なトーンで彼は言う。

「陸の奴、けっこう長いこと鳴らしてるけど……まじで、出ないの?」

 煩い着信音に気まずい雰囲気。私は渋々電話に出た。

「……もしもし」

 薄い板の向こうで、陸は私の体調を心配していた。彼の声を耳にするだけでも、体に支障をきたす。

「今、森君が家にいてくれてるから大丈夫。陸が心配することはないよ」

 陸がまだ会話を続ける中、「ばいばい」を告げた。電話を切る前、最後に聞こえた陸の言葉。

「なんで森が──」

 なんで森がいるんだよって疑問に感じて、少しは私のことを考えればいい。
< 154 / 197 >

この作品をシェア

pagetop