月猫物語『遠いあの日の純恋歌」

4.

 それからの健三は一滴の酒も飲まなくなった。 代わりに前よりも懸命に仕事に打ち込むようになった。
そんな年の瀬も迫った29日、同級だった坂上恒彦が妻を連れて遊びにやってきた。 「どうしたんだよ?」
「仕事が落ち着いたからお前の様子を見に行こうと思ってな。」 「俺は猿じゃねえんだぞ。」
「なあに、焼酎を飲んでる姿は猿そのものじゃねえか。」 「悪いが酒は飲まねえぞ。」
「今夜だけだ。 松代の供養だと思って飲み明かそうやないか。」 「ほんとに飲むの?」
「そのために一升瓶を3本も買ってきたんだ。 飲もうぜよ。」 「しゃあないな。 今夜だけだぞ。」
そう言って健三はお椀を三つ用意した。 「今晩はお椀酒だ。 奥さんも飲むよね?」
「は、はい。」 妻の美恵子も恒彦に倣ってお椀を持った。
 外は本格的に雪が降り始めていた。 年が明ければこの辺りにも雪が積もっているだろう。
子供の頃なら松代と二人で雪を掛け合って遊んでいたんだ。 ここまで俺も一人で生きてきた。
けど春には康子を嫁に迎える。 そうすれば新しい人生がそこから始まる。
長屋だって新しく生まれ変わるんだ。 この町は変わらなくても俺たちが変わればいい。
俺はそう思うよ。 なあ、玉蔵じいさん。
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