その甘さに、くらくら。
 噛んだら噛んだきり放置する極悪のヴァンパイアだと恐れられ、避けられているが、ゲロの味にゲロを催し、苦労しながら生きているのが、このヴァンパイアの本当の姿なのかもしれない。

「いや、その血液もゲロの味がするなら飲めたものじゃないだろ。いつまでも、五月女の言うゲロを持ってないで返せって。ゲロを持ち歩くな。ゲロを持ち運ぶな。それは俺のゲロだ。……俺のゲロ? 馬鹿違う。俺のゲロじゃない、俺の買った血液だ」

 ああ、もう、ゲロばっかでゲロがゲシュタルト崩壊しそうなんだけど。なんだよ、笑わせにきてんのか、五月女。ゲロばっか連呼すんな。早く血液を返せ。

 見えない言葉が、見えない空気に溶ける。再び広がる、重苦しい沈黙。言いたいことを口に溜めて、そこである程度まとめてから一気に吐き出そうとしているのか、五月女はまた口を閉ざしてしまった。

 調子が狂う。自分のペースに持ち込めない。俺は盗られた血液を取り返したいだけなのに。

 どんな血液もゲロの味だと感じている五月女は、そのゲロの味がするという血液をガサガサとナイロン袋から取り出して眺め始めた。パックの中の鮮血が波打つ。五月女の行動は読めない。

「このゲロ、弓木にとってはゲロじゃない?」

 五月女が血液を見せびらかしながら、俺に一歩近づいた。もうゲロだと言ってしまっている。どす黒いその赤い液体は、五月女にとってはゲロなのだ。ゲロとなってしまったのだ。ある時から。

 五月女の眼差しに気圧される。俺の何かを見抜くような鋭い眼光に、ごくりと唾を飲んだ。全身に緊張が走る。あっという間に、冗談など言える状況ではなくなったことを悟った。
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