新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「高橋さん。私でしたら、本当に大丈夫ですから。お願いです。宴会場に行かれて下さい」
もう、これ以上……今は高橋さんに関わって欲しくなかった。
「その前に、俺のお願いの方が先だ」
「えっ?」
高橋さんと目が合った。
「大事なお前の体の方が、最優先だろう?」
「でも……」
「ん?」
「それでは、この前おっしゃってた……その……仕事以外のプライベートまで私と……」
「今、そんなことに拘ってる場合か?」
「でも、それでは私が……」
「そこまで、完璧に線引きしてどうする。俺は、そこまでキャパの狭い男じゃないつもりだ」
そう言うと、高橋さんが右手に持っていた携帯でまたどこかに電話を掛け始めた。
「ああ、高橋だが……ちょっと部屋まで来てもらえるか? 悪いが……そうだ。よろしく」
何?
また、誰か此処に来るの?
高橋さんは電話を切ると、辺りを見渡した。
「荷物は、あれだけ?」
私のバッグを、左手で指さした。
「はい。あの、高橋さん?」
「ん?」
ピンポーン。
「ちょっと、待ってろ」
話の途中でチャイムが鳴ったので、高橋さんがゆっくり歩いてドアの方に向かって行ってしまった。
誰?
「悪いな。呼び立てて」
「いえ、構わないですよ。ちょうどお偉いさんの長いスピーチと歌が続いていて、退屈していたところだったんで」
ドアの方から、中原さんの声が聞こえた。
「これから矢島さんを病院に連れて行って、そのまま帰るから。悪いが、フロントに部屋のカードキーを返しておいてくれないか」
高橋さんが、テーブルの上に置いてあった私の部屋のカードキーを見つけてそれを掴むと、自分の部屋のカードキーと一緒に中原さんに渡した。
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