新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
その時、高橋さんの声が聞こえて、少しだけ空いていたカーテンの隙間から高橋さんの姿が見えた。
「高橋さん。申しわけありません。私は、もう大丈夫ですから。早く、ホテルに戻って下さい」
「そのままでいい。点滴も終わっていないし、まだ寝てろ」
ゆっくり起き上がろうとした私を、高橋さんが制止した。
そして私の言葉を無視して、高橋さんは傍にあった椅子を寄せてベッドの脇に座った。
「お前を此処に1人で置いて行くほど、心配なことはない」
「高橋さん……」
「この前、お前と週末に食事に行った時、ミサに会っただろう?」
急に、何?
ミサさんの名前を聞く度に、胸が締め付けられる。
高橋さんは、頭上にある点滴のパックを見ながら唐突にミサさんの名前を出した。
「ニューヨークで擦れ違ってからまだそんなに経っていないのに、まるで罰ゲームのようだよな」
罰ゲーム?
「ニューヨークで擦れ違った時、もうミサは新しい人生を歩んで前に進んでいるんだと勝手に想像していた俺だったが、まさかそのミサに呼び止められるとは思ってもみなかった」
あの時、高橋さんはミサさんに呼び止められて会話を交わした。
「俺とのことなどとっくに忘れて、今の自分の世界を大切にしていると思っていた。正確には、そう思えたというんだろうな。だが……」
高橋さん?
『だが……』 って、何?
ミサさんと、何かあったの?
高橋さんと視線を交わしたまま、暫く沈黙が続いた。
でも、高橋さんの視線は確かに私と合っているけれど、高橋さんの瞳には私が映っていないような気がする。ただ、視線を交わしているだけで。
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