新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
気のせい? でもそう感じるのは何故だろう?
「あの、高橋さん。ミサさんと、何かあったんですか?」
「……」
「高橋さん?」
「フッ……。理想と現実は、そんな甘くない。上手くはいかないもんだな」
理想と現実?
きっと、ミサさんと何かあったんだ。
久しぶりにミサさんと会話を交わして、もしかして高橋さんの封印していた想いが……。
もしそうだとしたら、高橋さんの恋が成就するのならば、私はそれを望んでやまない。それならば、もう迷うことなく身を退く。
「私……」
「待合室で、ずっと考えていた。俺のここ何年かの想いは全て否定されて……」
エッ……。
言いかけた私の言葉を遮るように発せられた高橋さんの言葉は、思いもしないことだった。
「何で俺はミサに惹かれたのかさえ、分からなくなった」
「そんな……」
「理想は、あくまで理想。現実とは違う。こんな簡単なことに気づくのに、俺は何年掛かったんだ」
高橋さん。
「そんな俺が、自分勝手に心の乱れを直そうとしていた頃、その代わりにお前の体が悲鳴をあげていた。自分の思いや感情をそう簡単に制御出来るほど、器用な人間は居ないことぐらい、俺がいちばん良く分かっているはずなのに」
「それは違います。具合が悪くなったのは、高橋さんのせいじゃなくて……」
「頭では分かってはいるんだが、行動が伴わない。どうしても、前に進めない俺が居る。口では容易く言ってはいても、そんな過去に何時までも囚われている俺に、想い出は何時の日も良いことばかりしか思い出さない。もういい加減、目を醒まして前に進めって駄目押しのように、恐らく神様がミサにもう1度会わせて背中を押してくれたんだと思う。過去からの贈り物みたいにな」
「高橋さん……」
目から涙が溢れ、耐えきれずに高橋さんの名前を呼んでいた。
そんな私に、高橋さんは何も言わずに近くにあったティッシュの箱からティッシュを1枚抜き取ると、そっと涙を拭いてくれた。
「俺は、狡いな」
「そんなこと……ない。そんなことないです。高橋さん……ヒクッ・・・・・・高橋さんは……ヒクッ……ご自分の気持ちに正直なだけですから」
「それは、お前だろう?」
首を横に振っていると、高橋さんが右手で頭を抑えた。
「まだ、少し時間は掛かるかもしれないが、その時が来たらちゃんとお前に向き合いたい」
「高橋……さん」
「もう泣くな」
それでも涙が止まらなくて頷くことしか出来ず、何度も何度も頷いていた。
「早く元気になれ。でないと、俺はお前の友達にも明良からも総スカンだ」
「はい・……ごめんなさい」
< 110 / 311 >

この作品をシェア

pagetop