新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「はい。安全、安心を買うために既存路線のチケットを購入する顧客も居ます。勿論、目的地が同じであれば安さを重視される顧客が居るのも事実です。ですから海外では、LCC路線が年々拡大していっているわけです。どちらを重視するかは、顧客の自由となるわけですが……」
「だったら、うちは赤字路線ではLCCだけでも十分対応出来るんじゃないのか? それに、もし何だったら、人気路線にもLCCの割合を大幅に増やして既存路線を縮小していく。もしくは国内線は、LCC路線だけにしてもいいんじゃないかと思う。その方が、我が社の特色を活かせるはずだ」
「ですが、それでは安心、安全が蔑ろになってしまいます」
「でも、そこはきちんとした人材を雇っているわけだし、レベルが下がるわけでもない。粗悪な路線ではなかろう。第一、安心や安全というものは、その人の感覚によっても違うだろう」
「ですから、尚更、路線の選択肢は必要なんです」
「何故?」
「LCCだから安心、安全が守れない等ということではありません。そういう姿勢は、大切だと思います。顧客が搭乗する空港は、国内といってもかなりの数があります。その中でも主要な路線空港には、必ずと言っていいほど我が社と日本エアグループの既存路線があります。それが、ある日突然、日本エアグループは既存路線。我が社はLCCのみの路線となった場合、選択肢は2つで変わらない。でも、どちらの路線に搭乗するかといったら、実際どちらの路線にしますか? 確かに、赤字路線をLCC単独路線にするというのは、やぶさかではないと思います。ですが、安心、安全を重視する顧客だとしたら、間違いなく日本エアグループを選ばれるでしょう。そうです。我が社はLCC路線しかないのですから。でも、そこに1日1便でも既存路線を残しておいたら選択肢は3路線になります。我が社の1便は日本エアグループと条件は一緒のもの。もう1便は、LCC路線。そこで、初めて明確に顧客のニーズで分かれます。その結果を見てからでも、その便の種類や便数の増減、路線の廃止をするかどうかを見極めても遅くはないと思います」
高橋さんの意見に耳を傾けていた取締役の1人が挙手をした。
「今の高橋君の意見には、矛盾点があると思う。かいつまんで言えば、LCC路線は安心で安全だが格安で乗れるという魅力的な路線。それは、キャッチフレーズにもなっていたはず。だが、今の君の意見からすると、LCCよりも既存路線の方がより安心で安全なように聞こえる。だとしたら、果たしてLCC路線は顧客の気持ちを掴めるだろうか。顧客に、すんなり受け入れられるだろうか?」
「はい。それは先ほども申し上げましたが、それぞれ人の捉え方やどこに重きを置くかにもよってくると思います」
「うん。だからさ、それは分かるんだが、そうなると飛行機なんぞというものはそんな滅多に事故が起きることでもない。安全は、既存路線でもLCCでも、ほぼ約束されているだろう。そして、それは当然安心にも繋がらないかね?」
「飛行機事故は、あってはならないことです。そして、無論それは頻繁に起きることでもなく、起きてはならないことです。ですが、絶対に起きないというものでもありません。しかし、万が一、事故が起きてしまった時の衝撃は、はかり知れません」
そういうと、高橋さんは一瞬下を向いた。
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