新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
素早く焼くって、どんな焼き方なんだろう?
「ラピットは、入れる材料を最初に全部加熱処理をしてから焼くやり方。反対に、日本の主流であるコンプレは、入れた材料すべてに火が通るまでじっくり時間を掛ける焼き方なんだ」
「そうなんですか。グラタンといっても、本当に沢山種類があるんですね。初めて知りました」
「オニオングラタンスープって、あるじゃない」
「はい」
「あれも、ゆっくり焦がさないようにタマネギが飴色になるまで炒めてスープを入れて、最後にチーズを振りかけてから、オーブン等で焼き目を少しだけ付けてから出すでしょう? それも、グラタンの一種」
「オニオングラタンスープもなんですか」
だから、オニオングラタンスープって言うんだ。
「ハン! 嗚呼、またこの明良様の学がチラッと出てしまったなぁ。いやー、参ったな」
「誰も、参らねーよ」
プッ!
「あれ? 陽子ちゃん。俺から貴重な講義を受けておきながら吹き出すなんて、それはないんじゃない?」
「す、すみません。つい……」
「ついって、陽子ちゃん」
ガクッと、明良さんが項垂れてしまった。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃなくて、私」
「フッ……。明良。ご苦労様」
「いや、慣れてるから。陽子ちゃんの天然さには」
「天然さ? 何ですか、それ?」
「出た。それよ、それ」
「俺の大変さが、分かるか明良」
「高橋さんまで、何ですか?」
「うん、うん。お察し申し上げる」
「だろ?」
「だから、何なんですか! 高橋さんも明良さんも」
すると、高橋さんも明良さんもキョロキョロと無意味に天井を見たりして、誤魔化している。
「もう!」
「出た、牛」
「えっ? 何、その牛って?」
「き、気にしないで下さい。明良さん」
「気になる」
「気にしなくていい」
「ハッ! 貴博まで、何だよ?」
アッハッハ……。
思いがけない、楽しいひとときを過ごしている。美味しい明良さんの手料理を頂いて、明良さんのアメリカ滞在中の話を聞きながら、食後のお茶を飲んでいた。
「そう言えば、貴博。今年も、年末に出張行くのか?」
「ああ、行くよ。11月の終わりからな」
うっ。
思い出してしまった。
そうだった。出張が、あったんだった
うわっ。
どうしよう。
すでに、考えただけで今から緊張している。
「陽子ちゃんも、また一緒に行くの?」
「あっ……。は、はい」
その時、ちょうど高橋さんが席を立って、トイレに行ってしまった。
すると、明良さんがすかさずテーブル越しに身を乗り出してきた。
「良かったジャン。今回も、一緒に行かれてさ。きっと、いいことがあるかもよーん? 1歩前進とかぁ?」
明良さんが、小声で意味深なことを言い出した。
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