新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
今、そのことを……何故?
「幾ら、心の中で叫んでいても、言葉にしなければ相手には伝わらない。表に出して、表現しなければ相手には伝わらない。実は、ここ何日か、ずっとそんなことを考えていた」
「高橋さん……」
「そうは言っても……なかなか……な?」
「ヒッ……」
いきなり高橋さんが、私の鼻を摘んだ。
「分かってはいても、上手く言えないのが現実だよな」
「高橋さん……」
高橋さんでも、そういうことってあるんだ。
そんな素振りは、まったく感じられないけれど。
「百夜通い伝説って、知っているか?」
百夜通い伝説?
「あの、小野小町のですか? あまり詳しくは、知らないのですが」
「そう。小野小町に恋をした深草少将との話には諸説あるが、深草少将がどうしても慕っていた小野小町に思いを告げると、毎夜100回訪ねてくれたらその思いにお応えしましょうと言われて、深草少将は6kmぐらい離れた自宅から小野小町の家を毎夜訪ね、訪ねるごとに芍薬の花を庭先に1本ずつ置いて行った。それを知った小野小町は、その芍薬を庭に1本ずつ植えていき、深草少将が毎夜庭先に置いて行く芍薬の花を植えることを楽しみにしていた。そして99本の芍薬の花を植え、めでたく100本目の芍薬が届く夜となった日。深草少将は、小野小町の家に来る途中に約束を果たせぬまま亡くなってしまい、深草少将の思いは遂げられなかった」
そんな……。
詳しくは知らなかったけれど、そんな結末だったなんて。
< 156 / 311 >

この作品をシェア

pagetop