新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「あ、会えなかったのですか?」
「ああ。少将の願いは、叶わなかった。それを知った小野小町は92歳で亡くなるまで、嘆き悲しみながら暮らしていたらしいという伝説の話だ」
なんてこと。会えなかったなんて。
「あの、何で小野小町は100回訪ねてこないと、会わないなんて言ったのですか?」
直ぐに会っていれば……せめて、10回ぐらいで会ってあげていれば会えたのに。
「当時、小野小町は疱瘡に罹っていて、そんな姿では会いたくなかったらしい」
「そうだったんですか。でも、それならそうと正直に言えば良かったのに」
「そうだな。きちんと相手に説明をしていれば、そんな結末にはならなかったのかもしれない。正直に会えない理由を話していれば、哀しい別れにはならなかったかもしれない。勿論、時代もあっただろう。小町と付くぐらい、美女だったと言われている女性が、疱瘡を患っている姿を人には見せたくなかったのだろう。尚更、相手が男性ともなれば」
確かに、そんな姿は人には見られたくない。まして、男の人には絶対見られたくないかも。
「いつの時代だろうと、相手に正直に話さなければ、自分や相手の運命も変わってしまうこともある。覚悟を決めて腹を割って話さなければ、自分の将来が変わってしまうこともある。常日頃、気軽に発している言動や、ふとした行動は、相手の取り方によっては全く意図しない方向に変わってしまうぐらい奥が深く本当に難しい。そのひと言や軽はずみな行動で、自分自身や相手が喜んだり傷ついたりすることは、いつの時代も変わりはないはずだ」
気軽に発している言動や、ふとした行動で相手が喜んだり傷つけたりする。
あまりこういうことって、深く考えたことなんてなかったかもしれない。私も、もっと物事を考えてから言葉を発したり行動しないと。
「ただ、この深草少将という人物は、実在していた記録はないんだけどな」
「えっ?」
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