新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
そう言い掛けた高橋さんが、俯き加減にうっすらと笑みを浮かべた。
「俺が、そうだったから」
「えっ? 高橋さんが……ですか?」
「ああ」
とても、どう考えても信じられない。
この高橋さんが?
高橋さんに限って、そんなことなんて有り得ない。
いつも正面切って向き合い、真っ向勝負という言葉がぴったり合う高橋さんなのに?
「嘘……ですよね?」
「いや、本当だ」
高橋さん。
でも……『俺が、そうだったから』 ってことは、過去形。
過去はそうだったけれど、今は違うということ。
「でも、今は違います……よね?」
「フッ……。そうだな。あの頃のことが礎となって、今があるんだと思う」
「あの頃のこと?」
「人間、誰しも失敗したくて失敗しているわけでもない。自分がされて嫌なことは、誰もが嫌なこと。しかし、言わずにいたら、聞かずに放っておいたら、傷口はどんどん広がる」
ひと言、ひと言を噛みしめるように言葉を発する高橋さんの瞳は、何だかとても寂しげに見えた。
「でも、その経験が人を強くする。世の中には、自分と同じ考えの人も居れば、そうでない人も居る。いろんな考えを持った人が接して、お互いに葛藤して……だから人生は、面白い。ゆっくり、休めよ」
「は、はい」
高橋さんは、そう言って私の頭をポンポンと軽く叩くと、運転席に乗り込んだ。
「それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
高橋さんの車が見えなくなるまで見送ったが、高橋さんが何を私に言いたかったのか? 何を伝えたかったのか? 何だか、よく分からなくて首を傾げながらエレベーターに乗った。
しかし、部屋の鍵を開けるまではそのモヤモヤとした気分だったが、部屋に入った途端、今日の出来事がじわじわと蘇ってきてバッグをソファーの上に放り出して、自然に両手でガッツポーズをしていた。
「クーッ!」
高橋さんが佐藤君に言ったことを思い出したら、ますますテンションが上がってきて、寝室のローボードの上に置いてある父の遺影に向かって、またガッツポーズをして見せた。
「お父さん。今日は、良いことあったのよぉ」
< 159 / 311 >

この作品をシェア

pagetop