新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「それじゃ、諦めろ。なぁんて、こんな格好いい言い方でね。あっ。でも本当は、もっと低い声なのよ。上手く真似出来ないけど。お父さん。どうしよう。キャーッて感じでしょう? そうだ! 着替えなくちゃ。面倒臭いから、エイ! 一気脱ぎ。うおぉぉ。これで、私も干物女の仲間入りだぁ。えっ? ちょっと、待って。こんなところ、高橋さんに見られたら……困る。今からこんな癖がついちゃったら、出張の時……大変! 私が干物女だってことが、バレちゃうのはまずいよね」
嬉しさのあまり、勝手にどんどん言葉が出て来て父の遺影に向かってそんな馬鹿なことを言って1人で大騒ぎをしながらお風呂に入り、久しぶりにゆっくり眠れた夜だった。
翌日、まゆみにメールで高橋さんとの経緯を報告すると、返信が来た。
『佐藤とのことは、解決したみたいで良かったね。でもハイブリッジの過去の女の件は、もう吹っ切れたとも、気持ちの整理が付いたとも、ハイブリッジの口からは出ていないみたいだから、まだ解決したとは言えないよ。当事者の陽子には分からないかもしれないけど、男の狡さが出てるね』
男の狡さ……。
でも、高橋さんはそんな狡いことを考えるような人には見えない。
信じて待っていると決めたのだから、まゆみはそう言うけれど、このまま変わることなく待っていたい。もしかしたら、自分が気づいていないだけで、周りが見えなくなっているのかもしれないけれど。
それからは、自分の気持ちもだいぶ落ち着いたこともあるせいか、高橋さんとの接し方は従来通りに戻りつつあった。
とはいえ、忙しい高橋さんが席に居ることはあまりないので、居る時を狙って捺印を貰ったり仕事上の話しか出来なかったが、それでも毎日が充実している。プライベートの話が出来なくても会社で会えるし、仕事内容のことで話せるだけで十分満足だった。

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