新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
うっ! 
こ、この声は……まさか?
でも、そんなささやかな楽しみも、帰る間際にぶち壊されてしまった。
体を屈めて書類やファイルを引き出しにしまっていたため、驚いて体勢を元に戻すと、机の上に真っ赤な魔女のような長い爪の右手を突いて、斜に構えながらこちらを見ている土屋さんの姿があった。
「旅行の部屋割りの件なんだけど!」
「あっ……はい」
土屋さんは、旅行の冊子を広げて机の上に投げるようにして置いた。
「この部屋割は、何なの?」
エッ……。
土屋さんは冊子を手に取ると、手の甲で軽く冊子を叩きながら私に突きつけた。
突きつけられたその冊子の開かれたページを見ると、土屋さんは1人部屋で、両隣は同じ取り巻きの面々になっている。
でも、どうしてこんなにも不満そうな言い方なんだろう?
いつも一緒に居る取り巻きの面々が両隣で、まして1人部屋なのに……。
「あ、あの……この部屋割りに、何か問題があるのでしょうか?」
恐る恐る、土屋さんに問い掛けてみた。
「何か問題があるのでしょうかぁ? あるなんてもんじゃないでしょう? 大ありよ。問題ありすぎ!」
な、何?
どうしよう……。
何が問題だったんだろう? 
土屋さんが凄い剣幕で怒っているが、何が気に入らないのか分からない。
「何で、幹事の貴女が1人部屋なのよ? しかも、隣は高橋さんじゃない。それって、思いっきり職権乱用よね?」
「えっ?」
「えっ? じゃないわよ」
そ、そんなこと言われても……。
土屋さんも、1人部屋なのに。
あっ!
もしかして、高橋さんの隣が私だってことで?
それで、土屋さんは怒っているの?
「あ、あの、もし何でしたらお部屋……私、変わりましょうか?」
高橋さんの部屋の隣でなくても、私は良かった。
「当たり前!」
うわっ。
即答で返ってきた土屋さんの声は、凄い自信と威圧感でいっぱいだった。
「ちょっと、貴女の旅行の冊子、貸してよ」
「は、はい」
机の引き出しにしまってあった旅行の冊子を取り出すと、すかさず土屋さんはそれを引ったくるようにして取り、断りもなく引き出しを開けて赤のボールペンを出して、自分の部屋番号と私の部屋番号を書き換えた。
「これでヨシ! 基の台帳も、書き換えといてよ」
こういうところは、ぬかりのない人だ。
「はい」
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