新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
突き返された冊子を引き出しにしまっていると、土屋さんは私の後ろを通って高橋さんの席の横に立った。
「高橋さん。お疲れ様です」
「こんにちは」
「今夜、予定通りで大丈夫ですよね?」
エッ……。
今夜、予定通り?
な、何、それ?
「はい」
はいって、高橋さん?
何のことだろう?
「うふっ。良かった! あっ。紺野さんも来ますので、よろしくお願いします」
「わかりました」
わかりましたって……。
「それじゃ お待ちしてますから」
「はい。なるべく早く、行くようにしますので」
「お願いしますよぉん」
土屋さんは、高橋さんの横でしなを作ってボディタッチをすると、帰り際、私の左耳元に顔を近づけた。
「あんたなんかに、高橋さんを独り占めさせないから」
うっ。
そう耳打ちすると、土屋さんはそのまま何事もなかったように行ってしまった。
土屋さんと紺野さん……。
今夜、高橋さんと何処かで会う約束をしていた。
凄く気になるけれど、気にしないようにしよう。何か、仕事の話かもしれない。
それに……。
高橋さんを信じて待つと、決めたんだもの。
そう何度も自分に言い聞かせながらも、その夜はテレビどころか何も手に付かなくて、何時までも眠れなかった。
週末、頭の中は高橋さんと土屋さんの会話でいっぱいで、殆ど休んだ気がしなかったが、また1週間が始まって書類の整理に追われていた木曜日の午後、総務に提出物を出しに行って、いつもならエレベーターに乗って戻るのだが、エレベーターがなかなか来る気配がなかったので、偶には運動がてら階段で戻ろうと思い、階段に続く扉を開けて下り始めた。
吹き抜けのようになっているせいか、階段を静かに降りないとヒールの音が響いてうるさいので、なるべく音を立てないようにつま先で降りていた。
しかし、途中で足首が疲れてきたので、残り3階は、階段を踏み外さないように慎重にゆっくり下りていると、何処かの階で階段のドアの開く音がして、話し声が聞こえてきた。
「はい。申しわけありません」
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