新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
今、もし付き合っているの? と、聞かれたら……高橋さんは、何と応えるのだろう?
端から見れば、付き合っているように見えるのかどうか、私には分からない。つき合っているとは、言えないのかもしれない。
それでも、高橋さんを信じている。だけど、信じているのは私の勝手で……。
ああ。
考えれば考えるほど、どんどん疑心暗鬼になっていく。
「それじゃ、高橋さん。帰りに」
「はい」
2人は階段のドアを開けて、事務所に戻って行ったのだろう。ドアの閉まる音がした。
何故?
どうして高橋さんが、土屋さんと会う約束を?
ガクガク震える膝を気にしながら階段をまた下り始めて、やっと経理の階に到着して踊り場のドアを開けると、そこにエレベーターを待っている土屋さんの姿が目に飛び込んできた。
うっ。
「あら?」
「お、お疲れ様です」
「ちょっと!」
な、何?
土屋さんの後ろを通って足早に事務所に戻ろうとしたが、運悪く呼び止められてしまった。
「はい」
「そういえば、貴女。知ってるかしら? 最近、高橋さんとアフター5は、いつも一緒なの。いいでしょう? 高橋さんってね。ウフッ……お臍のところに黒子があって、可愛いのよ。知ってた? フフフッ……」
「えっ?」
聞こえよがしに意味深長なことを言われて、返す言葉もなく呆然としていると、ちょうど来たエレベーターに乗った土屋さんがこちらに向き直って勝ち誇ったような笑みを浮かべ、そのままエレベーターのドアが閉まった。
嘘。
高橋さんの……何で、そんなこと……知っている……の?
まさか?
だって、高橋さんは会社の子には手を出さないって……でも、私も……もしかしたら、手を出された口?
高橋さんにとっては、キスは挨拶代わり。だから手を出したうちには、入らない?
ああ。
もう、分からない。
信じているのに。
私は、高橋さんを信じている。
エッ……。
それでも本当に私は、高橋さんを……信じている?
でも……だけど……もう、何が何だか、分からなくなっちゃった。
暫く、土屋さんの乗ったエレベーターの閉まったドアを見つめていたが、誰かの足音が聞こえてきて我に返り、事務所の入り口に向かって歩き出すと、前から高橋さんが脇に書類を抱えて事務所から出て来るのが見えた。
こんな時に、会いたくなかったな。
「会議に行って来る」
「はい。いってらっしゃい」
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