新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
あーん。
中原さん。そんなこと、急に聞かないでぇ。
「あっ……は、はい。そろそろ帰ります」
そう言われてしまうと、まだ残っているわけにもいかず、仕方なく帰り支度を始めると中原さんも帰り支度を始めた。
「高橋さんは、まだ上がらないんですか?」
「俺も、そろそろ上がるよ」
中原さんの問い掛けに返事をしながら高橋さんも帰り支度を始め、パソコンの電源を落とすと、珍しく3人揃って早めに上がった。
エレベーターを降りると、中原さんがトイレに寄ってから帰るというのでそこで別れたが、何故か高橋さんも2階で降りて、鍵を警備本部に返してそのまま私と一緒に会社を出た。
あれ?
「高橋さん。今日は、車じゃないんですか?」
「ああ。ちょっと、これから寄るところがあるから会社に車は置いて行く」
寄るところがあるって、土屋さんとの約束。
やっぱり、土屋さんとこれから会うんだ。
これから、高橋さんが土屋さんと会うことを私が知っていることは、高橋さんは知らない。
でも、何故?
何故、土屋さんと会うことを話してくれないんだろう? 私には、関係のないことなのかもしれないけれど、隠しごとをされるのは何だか嫌だ。もし、後ろめたい気持ちがないのだったら、尚のこと。ひと言、話して欲しい。
でも、これって私のエゴなのかな?
だけど、話してみれば……聞いてみれば解決するかもしれない。
会社の前の交差点の信号が、もう直ぐ青に変わる。
今だ。今しかない。
やっぱりこういうことは、早く聞いた方がいいよね。1人で色々考えてしまうより、その方がモヤモヤとした気持ちもすっきり出来るはず。
「あの……お聞きしたいことがあるのですが」
フリーホールの最高地点から落下するような、ヒューンとした浮遊感を覚え、思わず左胸に右手を押しつけた。
「何だ?」
「つ、土屋さんとのことなんですが……」
自分で切り出しておいて、とても胸が痛む。
< 167 / 311 >

この作品をシェア

pagetop