新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「あっ……お財布」
何で?
どうして、高橋さんが私のお財布を持っているの?
高橋さんの顔を見上げると、先に高橋さんが口を開いた。
「机の上に、置きっぱなしになっていたぞ」
「えっ? そ、そうだったんですか。すみません。わざわざ届けて下さって、ありがとうございます。申し訳ありませんでした」
きっと、帰る支度をしていた時、高橋さんに聞こうか聞くまいか迷いながらバッグに荷物を入れ替えたりしていたから、そのまま机の上にお財布を置きっぱなしで忘れて来ちゃってたんだ。
「念のため、中身を確認してくれ」
エッ……
でも、これは常識的なことなのかな?
「あっ……あぁ、はい」
高橋さんに言われたとおり、一応、お財布の中身を確認する。
「はい。大丈夫です」
本当は、幾ら入っていたかなんて、今この状態では思い出せるはずもなく……いつも持ち歩いているカードが入っているかだけ、確認出来ただけだった。
高橋さんは2度頷くと微笑んでくれて、その表情を見て私も微笑んだつもりだったが、高橋さんが急に真顔になって、ジッと私を見た。
な、何?
私、何か変な表情をしているの?
あっ……・。
前にもこんなことが、あった気がする。
でも、もうどんな時だったのかも思い出せない。思い出せないというよりも、昔のことを今は思い出したくなくて、そのまま俯いて高橋さんと目を合わさないよう、雑念を追い払っていた。
「出張の準備、もう始めてるのか?」
エッ……。
急に出張のことを聞かれて、戸惑ってしまう。
「あっ……いえ、まだパッキングはしていないのですが、思いついたものからバゲージに取り敢えず入れていっています」
これは、本当のことだった。
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