新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
中原さん……。
「今、フロントに借りていたものを返しに行っています。あっ。戻ってきたみたいです」
話をしていると、佐藤君が戻ってきた。
「中原さん。お疲れ様です」
「おう。それはそうと、お前は1人部屋?」
中原さんは、佐藤君にそんなことを聞いている。中原さんは、1人部屋が良かったのかな。
「いえ、2人部屋ですが……それが何か?」
「じゃあ、矢島さんの部屋に行こう。いいよね?」
「えっ? あっ……は、はい」
いきなり中原さんに言われて訳もわからず承諾してしまったが、いったい私の部屋で何を?
よく分からないまま、片付けも終わったので3人で私の部屋に向かった。
エレベーターを下りて通路を静かに進み、手前の高橋さんと土屋さんの部屋の前辺りに差し掛かった時、部屋のドアが突然開いて、中から土屋さんが出てきた。
「あら? 幹事さん。お疲れ様。これからお疲れさん会かしら?」
うっ!
今は、土屋さんに会いたくなかったな。
「そうなんです。無事に宴も終わって、2人を労ってあげないといけないですからね」
中原さんは、微笑みながら土屋さんにそう告げた。
「そう。ご苦労様。私は、これから高橋さんのお部屋で二次会なの。じゃぁねぇ。あっ! そうだ」
何かを思いだしたように土屋さんが傍に来て、香水の匂いをプンプンさせながら私の耳元に顔を近づけた。
「今回は幹事だから、高橋さんと抜け駆け出来なくて残念ね」
な、何?
驚いて顔を上げると、いそいそと土屋さんはバッグを持って、隣の高橋さんの部屋の呼び鈴を鳴らしていた。
「土屋ですぅ」
ああ。
思わず、目を閉じた。
耳を塞ぎたい。
2人の会話を、これ以上聞きたくない。
「矢島さん。早く鍵を開けてくれる?」
エッ……。
前から、中原さんの声が聞こえた。
先を歩いていた2人に出遅れてしまい、慌てて駆け寄ってカードを差し込んで部屋の鍵を開けた。
「お邪魔しまぁす」
そして、中原さんが床に座って持っていたお酒の缶とウーロン茶の缶を袋から出して床に並べ、スナック菓子等も開けて置いてくれた。
「2人共、お疲れ様。佐藤は、ビールでいいか?」
「はい」
「矢島さんは……・ウーロン茶」
「えっ?」
「何時ぞやの、前科があるからなぁ」
うっ!
それを言われると、痛い。
以前、社内旅行で酔っぱらって、中原さんや折原さんに迷惑を掛けてしまった。高橋さんにも……。
「乾杯しよう」
「乾杯!」
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