新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「でも、高橋さん。心の安まる時って、あるのかなぁ。常に、仕事のこと考えてそうだから」
高橋さんが心の安まる時……そう言えば、確かにいつも仕事のことを考えていそうだし、心の休まる時……気の休まる時ってあるのかな?
テーブルの上の会議で使った書類を片付けている高橋さんを見ながら考えていると、いきなり高橋さんがこちらを向いた。
うわっ。
目が合ってしまい、慌ててパソコン画面を閉じて書類を纏めて立ち上がると、慌てていたので纏めた書類を床に勢いよく落として散乱させてしまった。
「それじゃ、お先……おっと、矢島さん。ばらまいたね」
「す、すみません。今、片付けますから。あっ。大丈夫ですから、柏木さん。すみません、行かれて下さい」
焦りながら床にしゃがんで書類を拾っていると、綺麗に磨かれた黒のウィングチップのビジネスシューズが目に入った。
「フッ……。また、派手に広げたもんだな」
「す、すみません。今、拾ってますので」
「柏木。悪いな」
「いえ、いい運動です」
「そうだな」
ハッ!
高橋さんにまで、拾ってもらっている。
「はい」
「もう1回は、勘弁してくれよ」
「す、すみません。高橋さん。柏木さん。申しわけありません」
50枚近くの書類を、高橋さんと柏木さんに拾ってもらってしまった。何て、ドジなんだろう。
「では、失礼します」
「柏木。Thank you!」
「本当に、すみませんでした」
柏木さんは、微笑みながら会議室を出て行った。
「さて、戻るか。忘れ物ないか?」
「はい。すみませんでした」
「高橋君」
エッ……。
会議室を出て、エレベーターホールに向かおうとしたところで高橋さんが呼び止められた。
社長。
「はい」
高橋さんは、直ぐに振り返って社長の前に歩み寄ると、社長は高橋さんに微笑みながら話し掛けた。
「私の役目を取らないでくれ」
「申しわけありません。何のお話でしょうか?」
役目?
高橋さんも、聞き返していた。
「憎まれ役は、私1人でいい」
「……」
「役員の士気を高めるのは、私の役目だ。あの連中は、一筋縄ではいかないことを承知の上で、敢えてあんな発言をしたんだろう? 察するところもある。しかし、君が今すべきことは、やらなければならないことをやるのではなく、やるべきことをやるのでもない。やれることをやればいい」
「社長」
< 18 / 311 >

この作品をシェア

pagetop