新そよ風に乗って ⑥ 〜憧憬〜
「みたいだな……」
「ほら、佐藤。 行くぞ」
中原さんは、また佐藤君の腕を引っ張ったが、佐藤君がその手を振り解いた。
「ちょっと、待って下さい。 高橋さん」
中原さんから離れた佐藤君が、高橋さんの前に立って大きな声を出した。
「何だ?」
高橋さんの表情は、私の位置からだと佐藤君の陰に隠れてよく見えないが、宴会場に居た時と同じくスーツ姿のままだった。
スーツ姿のまま……。
土屋さんと、部屋で何もなかったの?
よからぬことを想像していたので、高橋さんがスーツ姿だったことが少し意外だった。
「この前、高橋さんは俺に言いましたよね? それじゃあ、諦めろって。 あれは、嘘だったんですか?」
はぁ?
さ、佐藤君。
何で今、そんな馬鹿なことを聞いてるのよ。
でも……。
そう思いながらも、高橋さんの返答が気になった。
何て、応えるのだろう?
薄氷の上に、1人で立って居るような不安な気持ちと、違う意味でも緊張感から込み上げて来るものがあった。
「本意だが」
エッ……。
本意なの?
高橋さん。
あの日、佐藤君に言った言葉は本意だったの?
だったら、何故?
「それならば、何で土屋さんにちょっかいを出したりしているんですか?」
「佐藤!」
中原さんが咎めるように佐藤君を止めたが、佐藤君の言うとおりだと思った。
「そうよ……。だったら、何で土屋さんと一緒にいつも居るの? 逃げも隠れもしないって、俺に聞けって言ってたのに……聞いても応えてくれないなんて。 嘘つき……」
ハッ!
床に座ったまま、酔った勢いで私まで高橋さんにぶちまけていた。
「佐藤。いいから、もう行くぞ」
中原さんが、力ずくで佐藤君の腕を引っ張った。
「別に、居てもらっても構わない」
高橋さん?
何で、そんなことを言うの?
もしかして、此処では何も応えないってこと?
何も話さないってことなの?
それって……此処に居る人達は、みんな一緒ってこと?
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