二人でお酒を飲みたいね。

第6章

 吉沢の事件の裁判が始まった。 元副社長たちも大筋で起訴内容を認めたらしい。
逃げることは出来ないのだから認めざるを得ないだろう。 後は執行猶予が加えられるかどうかだ。
傍聴席には吉沢の母親も来ている。 彼女の視線は元管理部長に注がれていた。
検察の冒頭陳述が終わり、それぞれに罪状認否が問われていく。 法廷内は水を打ったように静かである。
(この裁判は早く結審しそうだな。) 誰もがそう思った。
やったことは明白であり、被告人たちの罪意識も明白だった。
パワハラにセクハラ、そして異常なまでのいびり倒し、村八分にも似た差別。 吉沢の母親は微動だにせず二人を見詰めていた。
脳無し呼ばわりされた挙句におもちゃにされ、終には自殺までさせられたのだ。 殺したいほどに憎んでいたことだろう。
裁判所を出る時にも誰にも何も言わずに逃げるように出て行ったというのだから。
 それと並行して俺が刺されたあの事件も裁判が始まろうとしていた。 年が明けて2月のことである。
俺はいつものように相談室でテレビを見ていた。 そこへ、、、。
「入ってもいい?」と尚子の声が聞こえた。 「どうぞ。」
「高木さんさあ、裁判が始まるの知ってる?」 「知ってるよ。」
「何とも思わないの?」 「別に、、、。」
「あなたが刺された事件なのよ。 何とも思わないの?」 「もう過ぎたことだからね。」
「んもう、私がこんなに心配してるのに。」 「ありがとう。 でもね、済んだことなんだよ。」
「いいの? それで。」 「俺はいいよ。」
「平和主義者なのねえ。」 「平和主義でもなんでもない。 恨まれたら恨まない。 それだけだよ。」
「ふーーーん。」 どこか煮え切らない尚子は俺の前に座った。
「何かご相談ですか?」 「あらやだ。 他人行儀ね。」
「前に座ってるから。」 「んもう、、、。」
尚子は呆れたように俺の隣に座り直した。 「これならいいでしょう?」
「おいおい、相談室でそれはやばいよ。」 「いいじゃない。 誰も居ないんだから、、、。」
「だからって、、、。」 焦っている俺の肩に尚子はもたれてきた。
「最近さあ、くっ付くことも無かったから寂しくて、、、。」 「しょうがないなあ。」
そっと尚子の髪を撫でてみる。 「優しく抱かれたいなあ。」
 そういえば、このところ忙しくて家に泊まりに来ることも無くなってたんだ。 寂しいよな。
二人で話しているところへ沼井が入ってきた。 「おや、邪魔したか。」
「とんでもない。 何かご用ですか?」 「いやいや、担当を代えたものだから、うまくやってるかと思ってさ。」
「ああ、高木さんなら大丈夫ですよ。 ほら、この通り。」 尚子は椅子に座っている俺を指差した。
「まあ、長く働いてくれてる高木君のことだから、心配はしてないよ。」 「そりゃあよかった。」
「相談は来てるかい?」 「まだ始まったばかりですからねえ。 それに各部署も動き始めたばかりだから当分は様子見ですね。」
「そうか。 ところで、、、管理部長の机の下に有ったメモリーなんだが、、、。」 「あれはもう裁判所に提出してありますよ。 弁護士さんにお願いして。」
「そうか。 それならなおさらよかった。 心配してたんだよ。 管理部の連中は怖いやつが多かったからね。」 「そうですか。」
沼井はテーブルの上に置かれている花瓶に目をやった。 「いいね。 造花でもいいから飾ってあるっていうのは。」
「うちから持ってきたんですよ。」 「へえ、高木君にそんな趣味が、、、。」
「嫁さんが出て行った後、寂しくて飾ったことが有るんです。 似合わないなと思って物置に入れといたんですが、、、。」 「そうかそうか。」
沼井が出て行った後、尚子は溜息交じりに椅子に座った。 「びっくりしたなあ。 もう。」
「沼井さんはね、ほとんど社内を見たことが無いんだ。 ずっと外向けの仕事をしてたからね。 やっと中を見れるようになったんだよ。」 「だからっていきなり相談室に来るなんて、、、。 焦っちゃうわよ。」
「そうだよなあ。 あれだけくっ付いてたんだもんな。」 「高木さんのせいですからね。 今夜は甘えさせてもらいますよ。」
「おいおい、、、。」
 とはいうものの、結局は折れてしまって今夜も丸一で飲むことになった。
「今夜も飲みましょうねえ。 ダーリン。」 「止してよ。 恥ずかしいじゃないか。」
「まあ、赤くなってる。 高木さんも赤くなるんですねえ。」 「そりゃそうだよ。 ダーリンなんて言われたら、、、。」
「奥さんには言われたこと無いんですか?」 「無かったなあ。 あいつは純日本人だから。」
「私は半日本人ですよ。」 「なんだそりゃ?」
「どうでもいいわ。 飲みましょう。」 隣のボックスは若いサラリーマンらしい。
さすがに一気飲みをするやつは居なくなったらしいが、それでも賑やかである。 尚子は唐揚げを食べながら考え事をしていた。
 (もしも高木さんと一緒に暮らすことになったらどうなるんだろうなあ? 前の奥さんに怒られるかな?) 「何 ぼんやりしてるの?」
ハッとした尚子の目の前には初枝が座っていた。 「柳田さん、、、。」
「ごめんねえ。 邪魔しちゃって。」 「いいけどどうしたの?」
「久しぶりに飲みたいと思って入ったら居たから来ちゃった。」 「三人か、、、。」
「あらあら、ご不満ですか?」 「とんでもないない。 飲みましょう。」
ってなわけで俺たち三人はラストまで飲み明かすことになったのである。
 「旦那がさあ、実家に帰っちゃって、、、。」 「そらまたどうして?」
「お母さんが倒れたのよ。 ママっ子だから俺が見るって言って帰っちゃったの。」 「奥さんほったらかしてかい?」
「そうなのよ。 たまにはいいかって感じだけどねえ。」 「何で?」
「あの人 甘えん坊だからさあ、家に居るとくっ付いてくるのよ。 おっぱいだお尻だって。」 「それも困ったなあ。」
「だからね、たまにはお母さんに甘えさせようと思って、、、。」 「おいおい、倒れたんだろう?」
「でもいいのよ。 看病ついでに甘えてくれたら。」 「それもそうね。」
 そこへ店員がビールを運んできた。 「人生相談みたいだなあ。」
「本日の担当は高木純一郎さんです。 相談者は柳田初枝さんですね?」 「はい。」
「やめなって。 二人とも。」 「あらまあ、照れちゃってる。 可愛い。」
「いやいや、、、。」 俺は笑っている二人を見詰めていた。
「どんどん食べようねえ。 尚子ちゃん。」 「そうねえ。 食べ終わったら高木さんに介抱してもらいましょうね。」
「それもいいわねえ。 たまにはこういう頼れる男性に介抱してもらいたいわ。」 「そんなこと言われても、、、。」
「二人も女の子が居るのよ。 ご不満ですか?」 「いや、、、。」
「酔ったら私の裸も見ていいのよ。」 「柳田さん、、、。」
ビールを飲みながら俺の視線は初枝の胸の辺りで泳いでいた。 「あらら、おっぱい見てるわよ。 高木さん。」
「あらあら、欲しいの?」 「いやいや、そんな、、、。」
「今夜はたっぷりあげるわよ。 ウフ、、、。」 なんだか笑いが怖い。
 唐揚げだとか煮物だとか、次々に運ばれてきて次々と空になっていく。 (よく食べるな。)
「ねえねえ、高木さん 今夜はどっちの相手をしてくれる?」 「どっちって言われてもなあ。」
「じゃあさあ、一緒に相手してね。」 「私のおっぱいも寂しがってるから。」
「困ったなあ。」 「もてるわねえ。 こんな美女を独り占めできるなんて、、、。」
「栄田たちが聞いたらお冠だろうなあ。」 「言わないから大丈夫よ。」
「そっか。」 「さてと、お腹もいっぱいだし、出ますか?」
 ラストオーダーまで過ごした俺たちは外へ出た。 珍しく満月が覗いている。
「オオカミになりそうねえ。」 「誰が?」
「高木さん。」 「もうなってるんじゃないの?」
「止してよ。」 「だってさあ、こんな可愛い子が居るのよ。 ならないわけないよねえ。」
尚子も初枝もけっこう酔っている。 今日は金曜日だった。
なんとかタクシーで二人を連れ帰ってきた俺だったが、飲み過ぎたらしく寝室に入ったところでダウンしてしまった。
寒くて目を覚ましたのは初枝だった。 「あらま、みんな揃ってダウンしたのね?」
そう言いながら毛布を引っ張り出して俺たちにかぶせてからその中へ潜り込んでいった。
見ていると三人で押し競まんじゅうをしているようだ。 押したの押されたのって、、、。
 いつか、俺は初枝を抱いていた。 というのか、尚子だと思って抱いてみたら初枝だったのだ。
 昼近くになってようやく目を覚ました俺たちは互いの顔を見て奇妙な気分になった。 「私を抱いてたのねえ?」
「ごめんごめん。 間違えちゃって、、、。」 「いいのよーーーーー。 幸せだったわ。」
「今晩はしっかり抱いてもらおうっと。」 「エッチはしてないから大丈夫よ 尚子ちゃん。」
「え? してないの? もったいないなあ。」 「まあ、今晩も居るからやろうと思ったらやれるわよ。」
「二人揃ってなんちゅう話をしてんだい?」 「あらら、黙って聞いて他の? 趣味悪いわねえ。」
「聞こえるよ 隣なんだから。」 「それもそうだわ。」
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