二人でお酒を飲みたいね。
 「まあ、栄田君はそれじゃなくても忙しいんだから。」 「そうよねえ。 副社長がこれじゃ、、、。」
尚子は早退してきた俺のズボンを引っ張った。 「甘えてほしいんだってよ 尚子ちゃん。」
「あらやだ、初枝さんもそうじゃなくて?」 「でも私は夜が有るからいいの。」
「そっか。 今夜も高木さんに抱いてもらうのね? うやまらしいわーーーー。」 「それを言うなら羨ましい、、、、、でしょう?」
「どっちでもいいのーーーー。 高木さんが居ればいいんだから。」 尚子はもうしどろもどろになりながら俺にくっ付いてきた。
「しょうがないお嬢様だねえ。 スカートが汚れてるけど何で?」 「見ないのーーーーーー。 見ちゃダメーーーーーー。」
ものすごい勢いで尚子は俺の手を払いのける。 「しょうがないなあ、嬉しすぎておもらししたのね?」
「ワーーーーー、言っちゃダメだってば。」 クスクス笑っている初枝をよそに尚子は真っ赤になって寝室へ飛び込んでいった。

 「ねえねえ、買い物に行ってきてもいい?」 「ああ、いいよ。」
俺はコーヒーを飲みながら出掛けていく初枝を見送った。 尚子は寝室に入ったまま、、、。
 会社では栄田と沼井が慰霊祭の打ち合わせをしている。
 (吉沢と藤沢と、、、それから恵子ちゃんだな。」 「そうです。 この三人はいずれも自殺ですが、、、。」
「自殺ではあってもみんな会社の敷地内なんだよな。」 「そうなんですよ。 恵子ちゃんに至っては物置の中でしたからね。」
「まあいいだろう。 いずれにしても大事な社員を無くしたことに変わりはない。 しめやかに暖かく祈ってやろうじゃないか。」 「そういえば管理部長たちに懲役3年が、、、。」
「刑はどうでもいい。 自分たちがやったことを反省できるかどうかが問題だ。」 沼井は渋い顔でお茶を飲んだ。
 揺れ続け、荒れ続けておまけに叩かれまくった沼井である。 この会社に人生を捧げたと言ってもいい彼の背中には寂しそうな影が漂っていた。
裏方でなんとか会社を盛り上げてきた彼が表に出たとたんにこの暴風雨である。 蝉の子かと思うような人生を沼井は黙って生きてきた。
 そんな彼が時々、思わぬ弱音を吐くものだから栄田も河井も初枝も気が気じゃない。 そうやって支えてきた一年だった。

 人生の中には晴れの日も雨の日も、大荒れの日も有るだろう。 でもそれは人それぞれだ。
隣人と比べたからって自分の人生が良くなるでも悪くなるでもない。 ヒントは過去の自分に有るんだ。
悪ければ直せばいい。 良ければ高めていけばいい。
それだけなんだよ。 それもせずに、ああだこうだと他人の文句を言うのは止そうじゃないか。
なあ、皆さん。

 5時を過ぎると袋を抱えた初枝が帰ってきた。 「ただいまーーーーーー。」
「なんだいなんだい、サンタクロースみたいに袋抱えて帰ってきたぞ。」 「尚子ちゃんは、、、、? 居た居た。」
「どうしたの?」 「着替え用に服を買ってきたの。 着てみて。」 「えーーーーー? そんなことまでしたの?」
「だってさあ、あのまんまじゃあ帰れないわよ。」 「それもそうだけど、、、。」
 兎にも角にも尚子は初枝から袋を受け取って寝室に閉じこもった。
「柳田さんもお母さんだねえ。」 「やだ、止してよ。 私はお母さんじゃないわよ。」
「フェロモン ガンガン出てるんだけどなあ。」 「私はまだむ、す、め、よ。」
「娘か、、、そうかもねえ。」 「あらあら、疑ってるのねえ? こないだ、ピチピチの私を抱いたでしょうに。」
「あぐ、、、。 そりゃあ確かに、、、。」 「勝った。」
 「初枝さーーーーん、ありがとねえ。」 そこへ女子高生みたいな尚子が飛び出してきた。
「どう? 可愛いでしょう?」 尚子はそう言いながら俺に迫ってくる。
「今夜は決まりね。 私は家に帰るから寂しいけど、、、。」 「初枝ママ、帰るの?」
「そろそろ家も荒れてくるかなあと思ってね。」 「そうねえ、大変だもんね。 初枝ママ。」
「離婚が落ち着いたら思いっきり甘えに来るわ。 ねえ、高木さん。」 「いいわねえ、モテモテじゃない。」
「まあ、、、。」 それにしても俺たちはいったい何なんだろうねえ?
中年の独身だから気遣いもせずに遊んでいられるけれど、、、。
 夜になると栄田から長文のメールが送られてきた。 どうやら慰霊祭の内容が決まったようだ。
それにしても最後の一文には笑ってしまった。
 『ぜひ副社長殿も哀悼の意を持ってご参列くださいませ。』なんて書いてあるものだから、、、。
 「ねえねえ、高木さん。 今夜は煮物でいいでしょう?」 料理をしながら尚子が聞いてきた。
「作りながら、、、いいでしょう?って聞かれてもなあ。」 「不満なら帰るわよ。」
「おいおい、またまた俺を虐めるのか?」 「だって虐めないと抱いてくれないんだもん。」
「そりゃないよ。 俺だって、、、。」 「お嫁さんにしてくれないのかなあ? こんなに愛してるのに、、、。」
そう言って頬っぺたを膨らませる尚子である。 考えないわけではないんだが、、、。
 初枝が買ってきた袋にはまだまだ洋服が詰め込んである。 夜用にキャミまで買ってきたんだとか、、、。
 「今夜はさあ、たっぷりと甘えさせてね。」 「うんうん。」
「なあに? 初枝さんのほうがいいの?」 「じゃなくてさ、、、。」
煮物を食べながら尚子の顔も覗いてみる。 昼飯を一緒に食べに行ってからどれだけ見てきたのだろう?
丸一にも何度となく通って、何度となく酔い潰れた。 そのたびに俺たちは激しく絡んできた。
初めてだって言ってた尚子も随分と大胆になった。 そして一年が過ぎようとしている。
 その間に康子とも再開した。 飲みに行ったし絡みもした。
そして不倫で悩んでいた初枝も飛び込んできた。 いろんな事件も重なったけれど、、、。
 夕食を済ませてのんびりとテレビを見ているとキャミに着替えた尚子が膝に乗ってきた。
「キャミも似合ってるよ。」 「あらやだ。 褒めてくれるの? 嬉しいわーー。 サービスしちゃうねえ。」
「サービスって、、、。 風俗嬢じゃないんだからさあ。」 「そんな風に見てるの? 尚子困っちゃう。」
「ブ、、、。」 「また噴いたわね? 許さないんだから。」
「まるでプリキュアだね。」 「えーーーーー? アニメなんて見るの?」
「たまたま見ただけだよ。」 「おじさんの悪趣味だわ。」
「なんだって?」 そう言いながら尚子の脇を擽ってみる。
「やだあ。 感じちゃうでしょう?」 「感じたいんだろう?」
逃げる尚子を捕まえて擽り攻撃を、、、。 終いには降参した尚子が床に寝そべった。
「あらあら、今夜は素直だねえ。」 「誰だって擽られたら逆らえないわよ。」
床で足をバタバタさせている尚子に重なってみる。 「うん、重たいなあ。」
俺はいつの間にか真剣に尚子を求めていた。 康子とも会えなくなったのだから、、、。

 その康子はというと、、、。 「ご家族の方はいらっしゃいますか?」
「いえ、一人です。」 「そうですか。 ご家族がいらっしゃればはっきりと申し上げるんですが、、、。」
「そんなに悪いんですか?」 「病名だけお伝えします。 子宮癌です。」
「子宮癌、、、。」 康子は目の前が真っ暗になってしまった。
「まだまだ初期の段階ですから治療すれば何とか、、、。」 医師の話を断ち切って康子は診察室を飛び出していった。
 それから何処をどう歩いたのか分からないが気付いたら俺の家の前に立っていた。 (あの人はまだ仕事なのね?)
 月曜日の昼下がりである。 家の前を車が時々通り過ぎていく。
ドアにもたれた康子は力が抜けるように座り込んでしまった。 それから何時間経ったのだろう?
「おいおい、康子じゃないか。 どうしたんだ?」 崩れるように蹲っている康子に俺は声を掛けた。
「あなた、、、。」 「久しぶりだね。 入ろう。」
ドアを開けた俺は康子を抱くように中へ入る。 心なしか、康子が痩せたように感じる。
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