【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

 ほうっと息を吐き、窓際のソファにどかりと身体を沈め、じんと痛む目頭を指先で抑える。
 二日ほど皇城を留守にしただけで政務が滞り、この数時間はおそろしく慌ただしかった。
 誰か代わりになる者がいればジルベルトの苦心も少しは和らぐのだろうが、残念ながら国政を動かす『王印』を持つ事を許された者は、この世界で英俊豪傑な皇太子ジルベルト・クローヴィスただ一人だ。

 重い身体をソファから引き剥がし、湯殿に向かう。

 一般的に頻繁に湯浴みをする者は少ないようだが、ジルベルトは毎夜の湯浴みを好んだ。
 浴槽に身を沈めて目を瞑り、あたたかな湯気にゆったりと包まれていると、日々の苦悩や疲労が真白な極小の水滴となって立ち昇ってゆく。

 ——こうしている間にマリアが自室の扉を叩くかも知れない。

 ふと思いがよぎり、手短に済ませようと、秀麗な面輪に掛かる塗れ髪を掻き上げる。

 ざっと湯浴みを終え、身支度を整えたジルベルトが部屋に戻った時。
 扉の外で、がちゃり! 陶器の食器同士がぶつかり合う何やら物騒な音が鼓膜を揺さぶった。

「きゃっ」

 ノック音の代わりに聞き覚えのある愛らしい声が自室の扉を叩く。続いて、がちゃがちゃ! と、けたたましい音。

 ——ン?!

 慌てて双扉に両手を掛け、力を込めて引き開けた。

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