【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
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大きく開かれた窓辺から、夜風がゆるりと舞い込んでくる。うすら冷たい微風が、湯上がりの火照った肌に心地良い。
「……それで。君たちはどこを歩いたんだ?」
ルビーレッドの液体がまろりと揺れるワイングラスを傾け、ジルベルトは深く息を吸い、目を閉じた。
芳醇で複雑な果実の香りと芳しい樽の香りが嗅覚をくすぐり、痺れるような舌の感覚が味覚を揺さぶる。
「いいえ、歩ける場所が見当たらなかったのです。なのでラムダさんが、二十センチほどのバラ園の塀の上を、歩こうと……っ」
「そんな狭い所を?」
「はいっ! ラムダさんと手を繋いで、まるで綱渡りでした。だけど……」
ジルベルトの隣にきちんと座るマリアが言葉を濁し、何かを思い出したようにくつりと微笑う。
「……だけど?」
「落っこちちゃったんです」
小卓にグラスを置きながら、ジルベルトが目を見張る。
「そんな所から落ちて、平気なのか?」
「ええ、大人の腰高ほどの高さだったので。私とラムダさんが手を取り合って、二人で仲良く花踊りをするみたいに、ふわぁっと……。その時に強い風が吹いてきて……」
ソファに座ったまま、膝に立てた片腕で顎を支え、夜着姿のマリアを見つめるジルベルトは身じろぎもしない。
それはまるで、ベッドに入る前の小さな子供が熱心におとぎ話を聞くようだ。
「私たち二人のスカートが風をはらんで舞い上がったのです。ちょうどその時、すぐ近くで薔薇の手入れをしていた庭師のお爺さんが『わはぁ』って、悲鳴をあげて。なのに、少しも目を逸らさないのです」
「それで。その庭師は、……《《見た》》のだな?」