【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!
「はいっ。そうなのです、《《見た》》のです! ラムダさんったら、スカートの中を故意に凝視していたって、お爺さんに迫って。なのにお爺さんは、自分は老眼だから何も見えなかったとおっしゃるのです。でもラムダさんは、薔薇の茎は見えているのに私たちの下着が見えないはずがないって、お爺さんに詰め寄って」
「老眼でも離れた場所にあるものは見えるだろう」
「そうなのです!」
あはは、と軽やかに笑うと。
ジルベルトは膝の上から肘を外して姿勢を崩し、二客のグラスのうちの一客を取り上げて再び口元に傾げる。
甘く香る果実酒が煌めきながら揺れた。
「それは災難だったな。いや君たちもだが、たまたま居合わせたその庭師」
「ええ、そうかも知れませんね!」
マリアを見つめるジルベルトの眼差しは、甘く柔らかい。
肩をすくめて「ふふ…」花のように笑うマリア。ウエーブがかったストロベリーピンクの長い髪がさらりと揺れる。
「あの花瓶の薔薇は庭師からだというわけか。それで、君たちは?」
「はい。薔薇の切り花を抱えるほどにいただいたので、宮殿のお庭の散策をやめてお部屋に戻ったのです」
「なるほど……」
ジルベルトは、膝の上できちんと重ねたマリアの手を取る。
「この傷は?」
ふんだんに重なるレースの袖口をまくれば、赤いミミズ腫れが白い手首の内側にひとすじと、右手の甲には血を滲ませた傷がひとすじ。
「ぁ……はい。薔薇の棘が掠ってしまって」
「薔薇の花を与えておきながら棘の処理をせぬとは。その庭師は気が利かないな?! 傷跡が残るといけない。手当てをしよう」
「いいえ、擦り傷です、こんなの平気ですっ。放っておけば治ります!」
ジルベルトが立ちあがろうとするのをマリアが静止する。
「お気遣い、有難うございます。昨日も火傷の手当てをしてくださいました」
「あれはもう治ったか?」
「はい!」
ほらこの通り……と、マリアは目を細めて、包帯が取れた指先を動かしてみる。
顔を上げれば、同時に顔を上げたジルベルトと視線がぶつかった。ジルベルトの蒼い瞳がふわりと微笑う。
「良かった」
それはあまりにも近い距離で、マリアの胸がどきりと脈打った。