闇に咲いた優しさの花

プロローグ

さわやかな風が頬を撫で、私は目を覚ます。

一糸まとわぬ体を起こすと、左腕に違和感。

そっと見ると、小柄な男の子が一人、腕の中で寝ていた。

まさかこんな関係になるなんて。初めて彼と会った時には、思いもしなかった。

今は愛おしくなってしまった彼を撫でながら、自分は今やっと、心が落ち着いたんだと、ふと思った。

ここまで...私も彼も、すごく辛かったから。




私ーーー渚 和心(なぎさ わこ)は、海辺のとある小さい町で育った中学2年生。

お母さんは体が弱くて、私を生んだ次の年に体調をくずし、今は電車で二時間くらいの町にある総合病院に入院している。

父は私が小学2年生、まだ8歳の時に家を出て行った。

でもそれまでの間、私は父からひどい扱いを受けていたのだ。

家事をやらされるのは当たり前、失敗したら容赦(ようしゃ)なく痛いことをされる。

痛いこと、というのを明確には覚えていない。実をいうと、だけど。

タバコの火を押し付けられたり、真冬に下着で家の外に追い出されたりだったと思う。確か。

そんなことをして警察が来ないのか、近所の人が騒がないのか、今になったらそういうことを考えられる。

しかし、当時の私も、明確ではないにせよ、助けを待っていた。


だけど、来なかった。

いつまで待っても、助けは来ない。

ずっと待って、待って、期待して......




そして、期待するのをやめた。

全てを諦めた。

人を信じた私が馬鹿だったのだ。


それに気づいたのが、5歳の時。そこからは私は変わった。



「無気力だ」と言われていた性格は、「暴力的だ」と言われるように。

華奢(きゃしゃ)(もろ)そう」だったらしい体つきは、「男の子と見分けがつかない」ぐらい変わって。



そして何より...変なことができるようになった。


例えば、誰かに殴られそうな時に“こいつを止めて”と思えば、その人に木の枝が落ちて大けがをさせたり。

ケンカ中に“相手の邪魔がしたいな。風が()けばいいのに。”と思えば、春一番のような突風がいきなり起きる。

要するに、なにかを自由に(あやつ)ることができるようになったんだ。立体から物体として存在しないものまで、全部。




けれど、できないことが一つだけあった。


“物を修理したい”と思えば修理できた。何なら破れた古い服も元通り、汚れは消えなくても使えた。

でも、“人を治療したい”ーーー要するに、人のケガを治すことは、それだけは。

いつまでやっても、できなかった。

全てを操れる、と思っていたけど、一つだけできなくて、イライラした。

そのイライラが高ぶって今度は周りの人の感情を操ってしまい、大ゲンカが起こったことだってある。

自分の能力のせいで、自分自身が八方ふさがりになってしまった。


そんな、ある日だった。

ーーーーー彼が、私の通う中学校に転校してきたのは。
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