鬼社長の迸る視線に今夜も甘く絆される

栞那の視界に映る二人は、伊織から聞いていたような冷酷な人間には見えない。
顔に深く刻まれたしわは苦労した証とも言えるし、目尻を下げ、瞳の奥から優しさが伝わって来る。

「私と妻はあの子が一番辛かった時に現実から逃げ出して、あの子の存在自体をなかったことにした。あの時は、借金が膨らみに膨らんで、今という瞬間ですら息苦しくて、精神的におかしくなっていたんだよ」
「……」
「私と妻は駆け落ち婚でね。しかも、妻は一人娘だったんだ」
「……」
「若気の至りとはよく言ったもので、伊織(こども)ができたこともあって、両親の反対を押し切って籍を入れたんだよ」
「……」
「だが、人生はそんなに甘くない。困窮した生活に病気がちな伊織の世話と、次第に私らは疲れ切ってしまってね。私の父親に縋るように現実から逃避するようになって。それでもどうにも行かなくなってしまった時に、彼女の父親から援助の申し出があったんだ」
「……はい」
「今ならどうかしてると思えるけれど、あの時はそれが最後に与えられた出口のように思えてね」
「……」
勇也(ゆうや)と言うんだが、将来あの子の弟が会社を継ぐことを条件に負債を清算した上で生活を援助してくれると申し出があったんだ」
「……」
「十年前にあの子から縁を切りたいと申し出があった時は、受け入れる以外に術はなかったよ」
「……後悔されていらっしゃるんですね」
「後悔……。そんな言葉で片付けられることではないよ。私らは、あの子に対して、取り返しのつかない大罪をおかしてしまったのだから」

難病を抱えた子供の看病を何年もしていたら、心だって折れてしまうのは分かる。
けれど、それで子供を捨てるという選択肢が許されるとは思わない。

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