「好き」と言わない選択肢
「いらっしゃい」

 カウンターから、愛想のいいおじさんが声を上げた。

「ただいま」

 私は、ニコリと笑って、カウンターの一番奥の席に座った。

「お疲れ様。雨降って来なくて良かったね」

 おばさんが、お通しとジョッキをテーブルに置いてくれた。

「うん。ありがとう」

 私は、ジョッキを持ち上げると、ごくごくと喉に流し込んだ。
 まだ、本格的な夏は始まっていないが。冷たい感覚が気持ちい。

「焼き鳥、も少し待っててな」

 おじさんが、忙しそうに手を動かしながら、ちらっとこちらを見た。
 私は、黙って頷いた。

 「もんた」と、暖簾にかかれたこの店は、母の兄夫婦の店だ。仕事で忙しい両親に代わって、幼いころから可愛がってくれている。私をほっとさせてくれる場所だ。
 毎週、金曜日は、もんたで焼き鳥を食べるのが、私の日課になっている。

 でも、ふと思う。いつも変わらない笑顔で私を迎えてくれるこの人達が、私の選択肢の唯一の間違いなんじゃないのだろうかと…


「いらっしゃい」

 おばさんの明るい声が、ざわついている店の中に心地よく響いた。
 
 ほぼ満席になって来た店の中を見渡す。

「私も手伝おうか?」

 カウンターから、忙しそうに出てきたおばさんに言った。

「さっちゃんも、仕事帰りで疲れているだろう? 大丈夫だよ」

 答えてくれたのはおじさの方だった。
 確かに、今日は疲れた気がする。仕事も、大変だったが、どちらかと言うと、休憩時間の第一企画部のくだらない会話を聞いてしまった事や、飲み会を断る事に疲れたのたど思う。

「もうすぐ拓真も帰ってくるから大丈夫だよ。浅漬け用意したから、ママに持って帰って」

 両手に空になったジョッキを抱えてたおばさんが、ちらっと私を見て笑みを見せた。

「うん。ありがとう」

 拓真とは、この家の長男だ。私とは従兄妹になるのだが、バイトで成形をたてている自由法峰な人だ。週末の店が忙しい時間だっていうのに、何をやっているんだか、私には理解できない。

 それでも、拓真兄ちゃんが帰ってくるなら、心配ないだろう。


「いらっしゃい」

 また、客が入ってきたようだ。

 店も混みだして来た事だし、そろそろ席を空けた方がいいだろう。カウンターの上のお皿を重ねた。自分の席くらいは片付けておく。


「もう帰るのか?」

 隣の席の椅子を引く音に、顔を上げた
< 4 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop