「好き」と言わない選択肢
「帰ろうと思っていたところなので、結構です」

 私は、ぺこりと頭を下げた。

「もう少しだけ、話ししないか? せっかく隣りの席になったんだし」


 そう、ずっと違和感があった。なぜ、会社から離れたこの店に、彼が来たのか?

「お疲れ様でした」

 私は、彼の誘いを無視して、頭を下げた。

「じゃあ、今度、ゆっくり飲まないか?」

 私の中で、何かがすーっと冷めていくのが分かった。

 私は、じっと彼の目を見た。

「何回、一緒に飲んだら、私はあなたに落ちた事になるんですか?」

「えっ?」

「賭けに負けたくないんでしょ? いいですよ、落ちた事にして頂いて。あっ、飲むだけじゃだめですかね。ホテルまで行くんですか?」


 私は、立ち上がると、冷たく彼の方へ目を向けた。そう、私が言いたかったのはそれだけだ。

「おい。何言ってんだよ?」

 彼の驚いたような声がしたが、お構いなしに店の出口へとむかった。


「気を付けて帰れよ!」

 拓真兄の声が、背中に響いた。

「うん」

 私は、頷いて店の引き戸を開けた。


 店からマンションまで、歩いて十分もかからない。ぱらつき出した雨に急ぎ足になる。

「おい、ちょっと待てよ!」

 不意に腕をつかまれて、バランスを崩した体をガシッと支えられた。意外に力強い腕にすっぽりと収まった自分の体を引き上げた。

「なんですか?」

 私の体を支えていたのは、店で別れたはずの木島だった。慌てて彼から離れた。


「それは、こっちのセリフだ。さっきのあれはなんだよ!」

 私は、呆れてふっと息を吐いた。

「賭けしねえ? 木島に落とせない女がいるか? 今年入社した、第三企画部の橋本って子はどうよ? でしたっけ?」

 首を傾げてみせた。

 彼の顔が、引きつったのがわかる。やっぱりね。思った通りのリアクションだ。
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