「好き」と言わない選択肢
「まさか…… 休憩室に? 聞いていたのか?」

 私は、こくりと頷いた。誰もがあなたの誘いに喜ぶと思ったら大間違いだ。


「別に、気にしていませんから。私はただ、仕事にいい加減な人達が嫌いなんです。誰がいい女だとか、誰かの批判ばかり。そのくせ、いい加減な企画に適当な営業。別に、誰がどんな人間でも、どんな生き方をしてようが私に関係ない。でも、巻き込まないでほしい。私は、そんな事に時間を潰すほど暇じゃないんです!」

 きっと、また、硬くてつまらない女だと噂されるかもしれない。それでもかまわない。


「気分を悪くしたよな。悪かった。でも、あいつらの事と、今夜の事は関係ない」

「別に、どうでもいいので。」

「いや、よくないだろ」

 別にいい。言いたい事は言った。
 こんな所で話す必要もない。


 今来た道路の方から、走って近づいてくる足音がした。

「おーい。咲音。濡れるぞ」

 傘を持ち上げ、走ってきたのは拓真兄だった。傘を広げると、私に差し出した。

「あ、ありがとう」

 拓真兄は、彼の顔をチラリと見て眉間に皺を寄せた。

「咲音が、濡れて風邪ひくと困るんで。もう、いいですか?」

「そうだよな。送るよ」

 彼が、一歩私の方へ歩み寄った。


「大丈夫ですから」

 私は、走ってきたタクシーに手をあげた。

「気を付けて帰れよ」

 拓真兄に、手を振ると、タクシーに乗り込んだ。

「お、おい」

 彼の声がしたが、拓真兄が彼の手を掴んだように見えた。
 取り合えずほっと息をつくと、運転手に自宅の住所を告げた。
 タクシーは走り出した。といっても、一分もかからずにたどり着いてしまったが。

「雨降ってきましたものね」

 運転手さんの、さりげないフォローに恥ずかしくなって、すみませんと頭を下げた。
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