ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。

哀れな子羊を騙る不届き物に天罰を

 それからディミオは、私に毎朝──頬へ口づけを義務付けた。

「行ってらっしゃいの口づけは?」

 私がわざとディミオの頬へ口づけをすることなく佇んでいれば、笑顔で凄み口づけをしろと命じてくる徹底ぶりだ。
 私はそのディミオの執念が、恐ろしいと感じて仕方がない。

 毎朝頬に口づけなくたって、何かが変わるわけでもないでしょうに……。

「こだわりが強いわね……。いいじゃない。一日くらいしなくたって」
「嫌だ。ミスティナに口付けてもらえないと、公務にやる気が出ない。支障をきたして、王城で働く人々に迷惑を掛けてもいいなら……しなくてもいいけどね」
「王城の人々を引き合いに出すなど、卑怯だわ」
「卑怯ではなくて、戦略の一つだよ。おれの勝ちだね」

 私が頬に口付けることですべてが丸く収まるのならば、しないわけにはいかないじゃない……。
 私は優しくディミオの耳頬に口付けると、ディミオに別れを告げた。

「行ってらっしゃい、ディミオ」
「行ってくるよ。何かあれば、すぐにおれを呼ぶんだ。いいね?」
「わかっているわ」

 ディミオは私に再三念押しすると、従者を置いて一人で部屋を出て行った。

 もう。ディミオは本当に心配性なんだから……。

 緊急通報ボタン付きのネックレスを私に渡すくらいですもの。いつでもどこでも対象者の下へ転移可能な魔法アイテムは、値が張る。
 国民の地税を使ってそう安々と、買い与えられては堪らないのだけれど──それだけ、私のことが心配ってことよね。
 このネックレスを身に着けないと、哀れな子羊との面談が許されないのだから、わがままなど言っては居られないわね。

 私とツカエミヤ、従者の3人は、哀れな子羊を迎え入れる専用の部屋へと移動した。

 ディミオの従者アンバーは、長らくディミオの専属だったけれど──私が皇太子妃となってからは、私の専属になりつつある。

「アンバー。今日もよろしくね」

 私はディミオが彼を置いて行くときは、常に彼へ挨拶をするのだけれど──彼の唇が言葉を紡ぐことは、ほとんどない。
 彼が唇を動かす時は──魔法を使い、危険を察知した時だけだ。

「皇太子妃」

 ディミオとアンバーは見分けがつかないほど瓜二つな容姿をしているけれど、声を発すればその違いがよくわかる。
 ディミオの声は高く、アンバーの声は地を這うように低いのよね。
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