ざまぁ代行、承ります。星空の女神は沈黙の第二皇子とお兄様に溺愛されて、代行業に支障を来しているようです。
 彼から与えられる暖かなぬくもりを感じていれば、ベッド脇から壁際に音を立てずに戻っていたはずの従者が私を見て息を呑む。

「……星空の、女神……?」

 どうやら、待ち望んだ時間がやってきたようね。
 指定した時間が経過すれば自動的に。
 魔法の発現権を譲渡されているお兄様が転移魔法を発動させれば、私はカフシーへひとっ飛びだ。
 従者と彼が驚いているのは、私の身体が透けはじめているからでしょうね。

「駄目だ。おれの前から、いなくならないで」

 彼は私の身体を抱きとめる力を強めるけれど、お父様の転移魔法は一度発動したら誰にも止められない。
 彼の瞳からはポロポロと涙があふれる。本当に情けない人ね。
 こんなのが未来の皇帝になるなんて、信じられる?この国は大丈夫なのかしら。

「殿下はいずれ、陛下と呼ばれるようになるのよ。泣き虫でどうするの」
「星空の女神が、おれの願いを叶えてくれないから悪い。おれが泣くのは、君の前だけだよ。お願いだ。おれの前からいなくならないで」
「私の役目は終わったわ。殿下とこの場で顔を合わせたのは、偶然なの」

 従者は嘘が分かるらしい。嘘ですねと口を挟まれたらどうしようかと思ったけれど、彼は難しい顔で黙りこくるだけだった。
 主と想い人の別れを邪魔するほど、不躾な従者ではないのかしら。
 私が居ない所で嘘を密告されたら、次に顔を合わせた時が怖いから嫌なのだけれど……。この場で従者に口止めをする術など、私にはない。

「殿下が私を愛しているなら、誰にも迷惑を掛けずに、私を探し出して。会いに来なさい。殿下が会いに来たら、私は逃げずに顔を合わせてあげる」

 領地の中に、居ればの話だけれどね。
 彼は薄れゆく私の唇に自らの唇を重ね合わせると、何かを紡ごうとして──。

 その声が、私の耳に聞こえることはない。

 私はドサリと音を立て、カフシーの大広間に投げされた。
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