いつしか愛は毒になる
社長室の壁にかかっている時計は、十九時を回った。

(もうすぐ高坂社長との接待に向かわないとな)

「それにしても……ったく、のぞき見とは……早苗も悪趣味だな」

俺は社長室でパソコンをシャットダウンすると、早苗の父の形見のネクタイピンに目を遣った。

「ふん、だから一時間後でいいと言ったのに、呆れるほど無能な女だ」

俺は今朝、社内では大事なオンライン会議があるからと最上階への出入りを禁じておいたが、早苗が俺の言うことを聞かずにネクタイピンを慌てて届けにくるとは思いもよらなかった。杏子との情事の最中、人の気配を感じて慌てて廊下を確認したが、誰もおらずネクタイピンだけが転がっていた。

「ふん、これで俺の為に何一つ満足にできていないことを思い知っただろう……夫の性欲ひとつ満足にさせられない無能な女……」

俺は一人きりの社長室でふっと笑った。

つい先ほど退勤した杏子が早苗に俺とのことをバレたことを心配していたが、全く問題ない。早苗は長らく俺がよそに女がいることに気づいていたはずだが、一度もそのことを俺に追求したことはなかったからだ。

「そりゃそうだよな……俺に捨てられたら、お前の俺の妻という立場も、社長夫人の肩書もなくなり本当の意味で何も持たないこの世に不要の女になるんだからな……」

俺は手帳から一枚の写真を取り出した。そこには俺と父、そして病気で亡くなった母が写っている。

「早苗……お前は酷い目にあわされて当然の女なんだよ……」

俺はデスクチェアに深く腰掛けると、窓の外に見える藍色の空に目を遣った。

「藍染めと同じ色か……そう、あの日から俺の人生が狂ったんだ……」
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