愛しのあの方と死に別れて千年<1>
第7章 そして賽は投げられた

1.王宮、寝所にて


 薄いカーテンを透かして、窓から白い月明かりが射し込んでいる。

 ――そこはアーサーの寝室だった。

 時刻は真夜中をとうに過ぎ、活動しているのは警備の衛兵以外にいないであろうと思われる薄暗い王宮内。その人払いされた一室で、アーサーは一人の女を伴い夜を過ごしていた。

「今日はなんだか、あまりご機嫌がよろしくないようですのね。何か、ございました?」

 ベッドに横たわる、一糸まとわぬ女の姿。
 彼女はアーサーの顔を覗き込もうとゆっくりと身体を起こす。艶やかなプラチナブロンドの髪が揺れ、同時に軋む、ベッドの音――。

 彼女は美しかった。

 丸みを帯びた魅惑的な身体つき。ふっくらとした薔薇色の唇。薄い青色の瞳に、透き通った白い肌。それはあたかも彫刻のごとく――娼婦のように淫らでもあった。
 いや、この言い方は語弊があるだろう。事実、彼女は娼婦なのだから。

 アーサーは女の問いに反応を示そうとしない。彼は物思いにふけるかのように、窓の外の月を見上げている。
 それは女が再び声をかけても変わることなく、アーサーがようやく反応を示したのは、女の手が胸板をなぞったそのときだった。

「……どうした? ヴァイオレット」

 アーサーは女をそう呼んで、自分の顔にかかる長い前髪を邪魔そうに掻き上げる。彼の銀色の髪が、月明かりに白くきらめいた。

 ヴァイオレットはわざとらしく口を尖らせる。

「もう、酷い人。一月ぶりにようやく呼んでくださったと思ったら、ずっと上の空だなんて」
「何だ。不満か?」
「いいえ。でも――昨夜も遅いお帰りだったとお聞きしましたわ。誰か意中の相手でもできたんじゃないかって、王宮中の侍女が噂していますのよ」
「…………」

 アーサーの眉間に皺が寄る。けれどそれも一瞬のこと。

「まさか。この俺に限ってあり得ない。お前はそれを誰よりもよく知っているだろう?」

 アーサーの薄い笑み。それは妖しくもあり、また優美とも言える。

「もちろん存じ上げておりますわ。わたくしとあなたの仲ですもの」

 ヴァイオレットは微笑んで、その豊満な胸をアーサーの胸板に押し付けた。そしてそのまま、アーサーの首筋にそっと唇を落とす。
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